それゆえ、神は、彼らをその心の欲望のままに汚れに引き渡され、そのために彼らは、互いにそのからだをはずかしめるようになりました。それは、彼らが神の真理を偽りと取り代え、造り主の代わりに造られた物を拝み、これに仕えたからです。造り主こそ、とこしえにほめたたえられる方です。アーメン。(ローマ1:24、25)
ある仏教系の雑誌を見たとき「内村鑑三は日本を代表する思想家であり、仏教徒だ」という一文を見て、とても驚いたことがあります。内村鑑三は『余はいかにしてキリスト信徒となりしか』と著書を英文で著し、外国で称賛されています。また多くの聖書注解書を記しています。それなのに、なぜこのようにいわれているのか理解できませんでした。
お寺の住職とお墓のことで話をしていたとき「私はキリスト教の牧師ですが、お寺の墓に入れてもらえるのですか」と聞いたことがあります。そうすると住職が「宗教には関係なく受け入れます。ただし、記録簿にはキリスト教徒ではなく、仏教徒と書きます。そのようにする決まりになっています」と答えたのです。
この和尚の答えの中に、内村鑑三のことを理解する鍵があると思いました。恐らく、彼が亡くなったとき、家族の方が埋葬した墓所がお寺の管理する所だったのではないでしょうか。キリスト教徒として名前を残すには教会墓地に入るしかないのかもしれません。
後世の指導者が歴史を書き換えるというようなことは、歴史上珍しいことではないといわれます。エジプトの石碑でさえ、削られたり、加筆されたりというような跡が残っています。仮に一冊の書物が残されていたとしても、偽情報である可能性があります。だから歴史学者は複数の情報を照合したり、DNA鑑定など科学的見地を組み合わせたりしながら史実を証明しようとしています。
ですから歴史の教科書に書いてあることは、歴史学者の奮闘により日々更新されています。教科書では、蘇我馬子が仏教を導入し、聖徳太子が推進したと習いました。また、聖徳太子は熱心な仏教徒であったという記述もありますが、本当はネストリウス派のキリスト教徒だったのではないかと主張する国史学者もいます。
蘇我とは「我(われ)蘇(よみがえ)り」だし、「馬小屋の王子」とはキリストを意味するから、キリスト教と関係ない人がこのような名前を用いるはずはないというのです。聖徳太子の側近だった秦河勝はユダヤ系のクリスチャンだったという説があります。彼は当時の社会に技術革新をもたらし、京都の町の創建にも貢献しました。聖徳太子の死後、政変のために明石に流されています。彼の墓の近くには大避(ダビデ)神社が建てられています。
飛鳥時代は、物部神道の勢力、仏教の新興勢力、渡来人の官僚などとのぶつかり合いでもめ事が絶えませんでした。だから聖徳太子は「和を以て貴しとなす」と宣言したのではないかと思います。十七条憲法の中に「篤(あつ)く三宝を敬え、三宝とは、仏(ほとけ)、法(のり)、僧(ほうし)である」とあります。しかし、この箇所は後に仏教のある僧によって書き換えられたと主張している歴史学者がいます。
私は「三宝は三方だった」のではないかと思います。「神道、仏教、キリスト教が互いに尊敬し合うようにしなさい」という意味に解釈すればよく分かります。
ネストリウス派のキリスト教徒は、奈良の町に病院や薬の配給所を建てて病気の人を助けたり、未亡人を保護したりしたとされます。しかし、歴史上は全て仏教徒が行ったことになっています。キリスト教徒は歴史の荒波にのみ込まれ、存在しなかったことになっています。歴史学者のさらなる解明が進めば、キリスト教が日本に定着し、持続していけるヒントが分かるかもしれません。
今から470年前、フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸しました。その頃、現在の大分県、豊後の国を治めていた大友宗麟は、アジア、欧州と交易をしていました。大友はザビエルを豊後に招き、ザビエルの導きを受けてキリシタンに改宗しました。領民の中から多数の改宗者が生まれました。多くの宣教師や欧州人が豊後を訪れ、西洋の医学、音楽、演劇が取り入れられました。日本初の総合病院も建てられました。
この頃はキリシタン大名の領地だけでなく、日本各地にキリシタンが増えていったといわれます。一説には、当時の総人口の5分の1がキリシタンだったといわれます。しかし、江戸時代に入ってからの厳しいキリシタン禁制により、潜伏キリシタンを除いて壊滅していきます。
飛鳥時代や奈良時代には、ネストリウス派キリスト教への人々の好意的反応があったとされます。戦国時代には、たましいの飢え渇きを満たすように、人々が先を争って熱烈にキリスト教を求めた時期もありました。250年間、禁教令によりキリスト教宣教は中断されましたが、今や信教の自由が保証されている時代です。
過去の歴史に学ぶなら、日本は決してキリスト教宣教の不毛の地ではありません。今や歴史的に三度目の正直を実行する好機ではないでしょうか。
兄弟たちがやって来ては、あなたが真理に歩んでいるその真実を証言してくれるので、私は非常に喜んでいます。(3ヨハネ3)
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