本作は、冒頭から「演劇」である。時折建物の外側が映し出されるが、それが中身とリンクしているという保証はない。説明的な人間配置や、それをセリフや語調で観客に訴えていく手法など、「ああ、これは演劇からの映画化だな」と思わせる作風である。そして、高山直美監督が本作の脚本を執筆する段階で、明確にコンセプトを言い表している。
「心の無い男が心を手に入れて苦しむ話」
このわずか17文字に本作の全てが詰まっているといっていい。そして、私も「見事に騙(だま)された」一人である。
2020年に開催された劇団バトルイベント「劇団EXPO」で幾多の賞に輝き、その内容の強烈さから反響を巻き起こした演劇を、原作者である高山氏本人が監督するという意欲作である。これを映像化するためにクラウドファンディング形式で資金が集められているのも特筆すべきことであろう。つまり「演劇ありき」から始まった企画ということになる。
物語は冒頭からかなり強烈なインパクトを与える。死刑になるため、母親と見ず知らずの姉妹を殺した佐久間亘(わたる)が法廷で遺族や裁判官に罵詈(ばり)雑言を浴びせかけるシーンである。完全に狂気に取りつかれている青年・佐久間を、「コンフィデンスマンJPロマンス編」やNHK大河ドラマ「いだてん」にも出演している西村佳祐が熱演している。彼の自暴自棄な態度に多くの傍聴者が眉をひそめながらも、裁判は佐久間の死刑を確定させ、結審する。
拘置所へ移送される佐久間であったが、そこに彼を改心へ導くべく、キリスト教の教誨師である清水沙月(宮田祐奈)が訪れる。彼女と会話を交わすうちに、次第に佐久間の心に変化が生まれてくる。しかも、沙月もまた少なからず佐久間への好意を示すようになっていくのだった。この新たな人間関係の誕生により、佐久間の心は次第に穏やかになっていくのだった。そして聖書を通して罪を告白し、ついに洗礼を受ける決心をするまでになる。その過程で、佐久間は無残に殺害してしまった姉妹の遺族(父親)に対し、後悔と反省の気持ちを抱くようになっていく。彼は自分の気持ちを手紙にしたためる。それは以前のような自暴自棄から出ているものではなく、むしろ本当に自分の罪を悔い、そして死刑になることを真正面から見据えた真摯(しんし)な「辞世の手紙」であった。しかし、事態が思わぬ形で「美しい展開」を見せようとしていた矢先、ついに運命の日がやってくる――。
本作は、演劇が基になっている。そのため、部屋の中での会話や動きがほとんどで、それ故、登場人物たちの心の変化が物語のけん引力となっている。そして映画のキャッチコピーにもあるように、「死刑囚と教誨師の予測不可能なラブストーリー」「出演者すら騙された!」というツイスト的展開が後半に加えられている。それが何であるかは、本作を鑑賞して確かめてもらいたい。
しかしあまり「どんでん返し」的なストーリーテリングの面白さに気を取られてしまうと、高山監督が本来描き出したかった「心の無い男が心を手に入れて苦しむ話」というテーマがぼやけてしまうだろう。
むしろ同じ教誨師を真正面から描いた大杉漣主演の「教誨師」と同じく、受刑者の心の変化にこそ絞って考えるべき題材だろう。それを逆手に取った本作は、佐久間という登場人物のみならず、出演者と製作者を含めた「人間の原罪」の底知れなさを不気味に醸し出すことになっているといえよう。
また、今まで世を憎んでいた佐久間が教誨師の女性牧師、沙月と出会うことで、改心へと導かれていく過程は、ドラマであるがためにある程度のデフォルメがなされているとはいえ、人の心の自然な変化を見事に描き出しているともいえる。つまり、憎しみは容易に愛に変化し得るし、愛は容易に憎しみへと変化し得るということである。
「愛を知ることで、愛に苦しむ」。つまり佐久間という青年は、愛に触れることで己の中にある「罪性」を認識せざるを得なくなり、その苦しさからの解放を求めてキリスト教に「帰依」するのである。これはまさに、キリスト教会が人々に知らしめようとしている「福音」である。だがそれを人為的に、作為的に行うとしたらどうなるだろうか。つまり、この美しい展開に「ウラ」があるとしたら?
多くの場合、クリスチャンは、この教誨師のように罪ある(と私たちが認識している)人に向き合い、彼らを愛し、そしてキリストの福音を紹介し、神の愛へとお連れすることになる。では、その過程をご覧になっている神様はこの間、何を思っているのだろうか。そんなことをふと思わせられる後半の展開であった。そしてはっきり分かるのは、神の思いには「ウラ・オモテ」などなく、次の聖句で語られている思いで、私たちの営みを応援してくれているであろうということである。
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。(ヨハネ3:16、新改訳2017)
こういったことを含んでかどうか分からないが、物語のラストはかなりオープンエンド的な締めくくられ方がされている。また、刑務官の男性が今回の事件を総括する場面では、観ている私たちに語りかけるような問題提起をしている。
どんでん返しを期待して、ストーリーテリングの巧みさに酔いしれるもよし、佐久間という青年に感情移入し、その心の遍歴を共に旅するもよし。観る者によって評価が分かれる一作となるであろう。
■ 映画「俺を早く死刑にしろ!」予告編
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