日本の人口が減っている。そのことは姦(かしま)しく言われているが、なかなかリアリティーが湧かない。なぜなら、まだ「何とか現状維持」ができているし、何よりあまりにも超高齢化社会を「恐怖の権化」のように記す論調にあふれているため、かなり「満腹状態」なのである。「その話はよく聞きますね」と思わず言い返してしまいたくなる。
本書は、その人口減少時代の宗教について、かなりバランスよくまとめた一冊となっている。長さはわずか120ページ余り。おそらく1時間もあれば読み終えることが可能であろう。そして語られている内容も、今までどこかで聞いたような話ばかりと言われても仕方ない。だが、今までと決定的に異なるのは、キリスト教の牧師でありながら、仏教系大学で仏教学を学び、その知識を用いて福音宣教に役立てようとしている著者・勝本正實(まさみ)氏の経歴である。そのユニークなバックグラウンドが本書にはいかんなく発揮されている。つまり、キリスト教的な視点を中心に置きながらも、他宗教(仏教、神道、新宗教など)にもきちんと目配りをしているということである。
従来は、キリスト教の牧師がこういった本を書くなら、どうしても我田引水というか、他宗教との対立項を取り上げるか、逆にキリスト教の欠点をことさら指摘すべく、他宗教の成功例と比較して、「もっとこういう点に教会は気を付けるべきだ」と半ば断罪するような論調がほとんどであった。
しかし本書は、基本的にキリスト教はもとより、諸宗教に対しても「温かい視線」が向けられている。だから読みながら、「これは僧侶の方に聞かせてあげたい」とか「新宗教もキリスト教と同じ悩みを抱えているのか」と、「目からうろこ」の体験をすることの方が多かった。つまり、単なるキリスト教正義論ではなく、人口減少時代にある現代の日本の諸宗教全般へのエールとなっているのである。
さらにもう一つ、本書をお薦めする決定的な理由がある。それは、勝本氏が用いているデータがきちんと数字となって列挙されている点である。私たちがさまざまなところで聞く「教会の高齢化」とか「キリスト教会の先細り」という言葉は、確かに事態のありさまをある程度は正確に捉えているのだろう。しかし、それをきちんと数値化し、しかも他宗教との比較に基づいて語られることで、実は「日本人」という国民性、宗教性を暗に示すことになるのである。
例えば、第1章にこんな記載がある。
登録されている宗教法人は約18万1000法人(中略)、信者数は約1億8100万人(つまり日本人口よりも多い)(16ページ)
これなど、日本における諸宗教の「拡大解釈ぶり」が分かる面白いデータである。これだけ宗教の衰退が言われながら、登録されている宗教法人の会員数が日本の人口より多いとはどういうことか。それは各宗教が「少し関わりを持った人」であっても強引に(ある種、勝手に)「信者」としてしまっているということであろう。そういった「信者バブル」を前提としながら、それでも信者数や教会、神社、寺院の数は減っているのである。ということは、日本の宗教界は目に見える数字以上に深刻な状況に追い込まれているということになるのではないだろうか。こうした数字をそのまま受け止めるのではなく、その裏にまで思いを向けさせる筆致は、私たちに日本の宗教界の現状をリアリティーある形で示しているといえよう。
総じて、どの宗教も同じ問題を抱えている。それは「高齢化」であり「経済的斜陽化」であり、「後継者」の問題である。その具体的な状況が数値で示されることで、「満腹状態」だと思っていたことが、単なる「漠然とした話」でしかなく、しっかりと腹に据わるコンテンツではなかったことが判明してしまう。その反動を本書は淡々と数字で積み上げていくのである。
本書は確かに短い。読むだけならそんなに時間はかからない。だが、そこで描き出されている「宗教」(キリスト教を含む)が、いかに衰退の一途をたどりつつあり、しかもそれに対して誰も具体的かつ有効な手立てを見いだせていないことも指摘されている。これはかなり危険な書物である。同時に、宗教家は決して読まずに逃げてはいけない一冊であることも確かだ。
「現実」をしっかりと見据える視点は必須である。特に宗教という、どちらかというと、「目には見えない世界」を扱う分野であるが故に、各々の教えが日本という土壌にどの程度浸透し、人々がどんな向き合い方をしているのかということを真摯(しんし)に学ぶ必要がある。そういった意味で、本書は教会の長老、役員クラスの人たちにとって必読の一冊である。本書を基にして、牧師と共に自分たちの教会の将来をしっかりと話し合う時を持っていただきたい。そう語っている私も他人事ではない。これから多くの人にお薦め(といってもキリスト教的に「恵まれる」わけではないが)したい一冊である。
■ 勝本正實著『人口減少時代の宗教の危機と対応 キリスト教はいかに対応するのか』(いのちのことば社、2021年1月)
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