「この世と調子を合わせてはいけません。むしろ、心を新たにすることで、自分を変えていただきなさい。そうすれば、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に喜ばれ、完全であるのかを見分けるようになります」(ローマ12:2)
3歳の男の子がいたずらをしたので、クローゼットに閉じ込められました。初めは暴れていましたが、やがて静かになり、中からこう言ったのです。「ママ! 僕、神様にお祈りして、もうこんなことしませんようにと言ったからここから出してよ!」
お母さんは十分に反省したと思ったので出してやりました。「えらいわね、もうこんなことしませんようにってお祈りしたのね」「うん、そうだよ。僕がいたずらしてもママがまた僕をクローゼットに閉じ込めたりしませんようにってお祈りしたよ」
私たちはこの男の子のことを笑えないかもしれません。私たちも人が変わるようにと祈ることはできますが、自分を変えてくださいとはなかなか祈らないものです。しかし、困難に直面したり、問題にぶつかったりしたときに、その解決の鍵はしばしば「自分が変わる」ことにあるのです。
パウロも「心を新たにすることで、自分を変えていただきなさい」と勧めています。
昔、米国オハイオ州にサム・タニーヒルという男がいました。サムは5歳の時に両親が離婚し、その後12の家庭をたらい回しにされ、一度も人から愛されるという経験なしに成長しました。10歳の時、自動車泥棒を始め、犯罪の道を歩き出します。26歳の時、レストランに強盗に押し入り、ウェイトレスを殺害してしまいます。裁判の結果、死刑判決を受けました。
ある日、彼は刑務所で聖書をもらいました。生まれて初めて手にする聖書です。彼は、イエスが病人を癒やしたり、悪霊を追い出したり、死人をよみがえらせたりするのを読んで、イエスが神であることを確信します。また、どんな犯罪人や強盗でも罪を赦(ゆる)してくださる方だと知り、彼はそれまでの思い出す限りの罪を告白し「イエス様、こんな僕ですが助けてください」と祈ります。その時の気持ちを彼はこう言っています。
「あんなに素晴らしい気持ちになったのは生まれて初めてです。世界に向かって叫びたいほどでした。神の愛が心に注がれ、神の霊が私を包むのを感じました。夜ベッドに横になったとき、生まれて初めて安心して眠りました。私は今、死刑囚として独房にいますが、今までのどこにいたときより自由を感じています。私は石のように冷たい心の人間でした。両手は血に染まり、全身罪に浸りきった男でした。しかし神は、私の罪を赦してくださいました。イエス・キリストの血が私のすべての罪を洗い流してくださったのです。私は今、自分は世界で一番幸せな人間なのだと感じています」
サムは面会に来た牧師に、27年間の人生を振り返ってこう言っています。
「最初の26年間は最悪の人生でした。もう二度と同じ人生を歩みたいとは思いません。しかし最後の1年はイエス様に出会って最高の1年でした。この1年なら、あと何回でも生きてみたいです」
サムの最後の1年は、自分のことより他の人々の幸せのために使われました。別れた妻と2人の子どもたちに対して、妻がとても良い人と再婚できて、子どもたちも素晴らしい父親ができたことを心から喜んでいると伝えました。母親や親戚の人たちにも手紙を書き、たくさん迷惑をかけたことを謝り、キリストが自分をどんなに変えてくださったかを伝えました。
その結果、母親と親戚の人たちは教会に通い始めたのです。またサムは、1年の間に3人の死刑囚をキリストに導きました。そして1956年11月26日、午後8時に看守の合図で電気椅子のスイッチが入れられ、殺人犯サム・タニーヒルは処刑されました。彼は眠るように召されていったのです。
サムの処刑に立ち会った牧師は、処刑前にサムが言った言葉を伝えました。サムは牧師の手を握り、まっすぐ目を見て言いました。
「先生、天国で先生のことを待っています。また会いましょう、さようなら。そして教会の皆さんに伝えてください。主イエス様の救いを疲れることなく、恐れることなく、宣べ伝え続けてください。世界中には私のようにイエス様の救いを待っている人がたくさんいます。何があっても諦めないでください」
サム・タニーヒルという一人の男がキリストによって変えられた結果、彼の周りの人生にも大きな影響を与えました。そして、彼のこの物語を読む私たちの心にも、聖霊の爽やかな風が吹き抜けるのを感じます。
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