日本一の歓楽街、新宿・歌舞伎町で一人、夜回りをする男性がいる。NPO法人「レスキュー・ハブ」代表の坂本新(あらた)さん(49)だ。夜の歌舞伎町は、風俗店やガールズバーなどの客引きをする女性や、街頭で所在なさげに立つ女性の姿が目に付く。こうした女性たちは、性的搾取やDV被害、経済的困窮や未婚の妊娠・出産など、他人には相談しづらい困難を抱えているケースが多い。坂本さんはそんな彼女たちの元に自ら足を運び、必要であれば公的機関や民間支援団体などにつなげる「ハブ」となる活動を行っている。
海外勤務で目にした路上に立つ女性たち
坂本さんがレスキュー・ハブを設立したのは昨年4月。任意団体として始め、昨年10月に法人化した。それ以前は約5年半、人身取引被害者を支援する別のNPO法人で働いていた。歌舞伎町で夜回りをするようになったのも、このNPO法人で働いていたときだった。坂本さんは当初、ファンドレイジング(資金調達)の担当者として働いていたが、スタッフがそれほど多くない団体だったこともあり、外部機関との調整やメディア対応など、さまざまな業務も担うようになった。その中で最もやりがいを感じたのが、被害者本人と関わる直接支援だった。「さらに一歩踏み込んで、本当に孤立している人を一人でも助け、本人が望む形になるまで支援したい」。そうした強い思いに押し出されて独立を決めた。
このNPO法人で働く前は、大学卒業とともに就職した大手警備会社に20年近く勤務した。その間、テロなどの危険もある中米ホンジュラスやロシア、中国の日本大使館でそれぞれ2~4年の警備業務を経験し、その他の国での短中期駐在なども含めると、計10年近くは海外勤務だった。この海外勤務中、いずれの国でも目にしたのが、生活のため路上に立って売春する女性たちの姿だった。
「初の海外勤務となったホンジュラスに渡ったのは28歳の時でした。海外に行って初めて、こういう現実があることを知りました。何とかならないのかと思いつつ、自分にはできることはないと思っていました」
しかし、2カ国目の長期海外勤務となったロシア滞在中、人生について深く考える機会があった。両親がクリスチャンで、親戚には牧師もいるという坂本さんは、自身も幼い頃から教会に通っていた。「『クリスチャンだからこうしなければ』という強い思いがあったわけではありませんが、恵まれた家庭環境に生まれた自分は、社会に対して何か果たすべきことがあるのではないかと考えました。タラントをどう増やして、どうお返しすべきかと。海外勤務はそれを考えるきっかけになりました」
最も関わりたくない問題だからこそ
社内の限られた人にしか許されない海外勤務は一種のステータスでもあった。その一方で、現地では紛争や深刻な貧困など、海外ならではの暗い面も目にした。その中で坂本さんが最も目を伏せたかったのが、性的搾取や人身取引の問題だった。だが、最も関わりたくない問題だからこそ、向き合うべきだという思いもあった。
会社ではそれなりに評価され順調に昇進もしており、不満はなかった。そのため、退職して別の道を歩むかは悩んだという。そんな時、坂本さんの背中を強く押してくれたのが、サン・テグジュペリの『人間の土地』の一節だった。
人間であるということは、とりもなおさず責任を持つことだ。人間であるということは、自分に関係がないと思われるような不幸な出来事に対して忸怩(じくじ)たることだ。
また、クリスチャンとして長年親しんできた聖書の言葉も坂本さんの決心を助けた。
あなたの手に善をなす力があるならば、これをなすべき人になすことを、さし控えてはならない。(箴言3章27節、口語訳)
退職後はキリスト教系の国際NGOに1年勤務し、その後、警備会社時代から寄付をしていた、前述の人身取引被害者の支援を行うNPO法人に転職した。
話ができるようになるまでに1年半
夜回りを始めた当初は、「困っていることはありませんか。相談に乗ります」と声掛けをしていたが、まともに応じてくれる女性は一人もいなかった。見た目は普通の「おじさん」。初対面で話し掛けても、信用してもらえるはずがなかった。その後、カイロや化粧を落とすクレンジングペーパー、マスクなどに、連絡先を書いた相談カードを添えて手渡すようにした。その場合も、受け取ってくれた人に「〇〇という団体の者です」と切り出せば、女性たちは避けるように離れていってしまう。今は「どうぞ」と言って手渡すだけにしているという。
前職のNPO法人時代も含め、夜回りはすでに3年近く続けている。しかし、彼女たちと話ができるようになるまで1年半かかったという。何度も歌舞伎町に足を運ぶ中で顔を覚えてもらえるようになり、今では彼女たちから話し掛けてくれることもある。
泥沼から救い出すためには、自分も泥沼に入る覚悟で
NPO法人の代表ではあるが、日中は一般の会社で働いており、夜回りはまったくの手弁当。相談する女性たちの多くは経済的な困窮を抱えており、一番多い相談が「お金貸してくれない?」だという現実もある。所持金2千円で、幼い子どもを連れて交際相手の家から逃げ出してきたシングルマザーなど、緊急性の高い事例もあり、坂本さんが自腹で必要な物品を買い渡したり、宿泊先を用意したりすることも珍しくない。また、相談の電話は坂本さんの都合など関係なく、深夜2時でもかかってくる。
「正直しんどいと思うこともあります」。しかし、坂本さんがこの働きを続けるのは、困難を抱える女性たちを助けるには、最後まで寄り添い続ける「一歩踏み込んだ」支援が必要だと考えるからだ。
「性風俗に携わる理由はさまざまですが、多くは経済的な困窮です。児童養護施設出身のため頼れる人がいなかったり、親との関係断絶、交際相手からのDV被害、未婚の妊娠・出産、シングルマザーであったりと、環境も大きく影響します。一方、こうした女性たちは、風俗で働いていることを知られたくない、公的制度や支援団体の存在を知らない、そもそも被害に遭っていると自覚していないなどの理由で、自ら助けを求めない、あるいは求められないことが多くあります。だから、支援者側が積極的に出向いて声を掛ける必要があるのです」
また支援者側は、現在の立ち位置よりもさらに一歩踏み込む勇気と覚悟が必要だと坂本さんは言う。
「関わることで面倒な問題に巻き込まれることもあります。しかしそれでも、最後まで支援し続けるという覚悟で寄り添い続けるとき、当事者との信頼関係が生まれます。泥沼から救い出すためには、自分も一度泥沼に入る覚悟が必要なのです」
クリスチャンだからこそ関わってほしい、知ってほしい
一方、これまで活動を続けてこられたのは、自身がクリスチャンだったからという面もあると話す。
「普通の人であれば、不安が先行してしまいなかなか難しいと思います。でも、クリスチャンはからし種一粒ほどの信仰があれば行動できる、祈りによって乗り越えることができると思います。だからこそ、クリスチャンにはこうした問題にもっと関わってほしい、直接関わらなくても現実を知ってほしいと思っています。阪神大震災や東日本大震災では、被災地でいきなり聖書を配る団体もあったと思います。もちろん聖書は大切ですが、被災者にとってそれよりも先に必要なのは衣食住。まずは希望を持てる環境を作ってあげることではないでしょうか。この働きを通して、クリスチャンとして助けを必要としている人たちに希望を与える役割を担っていければと思っています」
レスキュー・ハブは現在、坂本さんとボランティア数人で活動している。今後は毎月の継続的な寄付を呼び掛けるなどし、資金面が安定すれば常勤のスタッフも置きたいと考えているという。ホームページは現在準備中で、寄付は下記で受け付けている。問い合わせは、坂本さん(電話:080・3503・2903、メール:[email protected])まで。
【口座情報】
三菱UFJ銀行 渋谷明治通支店(店番:470)
(普)4225858 特定非営利活動法人レスキュー・ハブ
※ 送金後は上記の坂本の連絡先までご連絡ください。領収書と礼状を送りいたします。
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