元園長のパワーハラスメントを理由に一斉退職した涌谷(わくや)保育園(宮城県涌谷町)の元職員17人のうち12人が29日、園を運営する社会福祉法人涌谷みぎわ会に対し、計2640万円の損害賠償を求める労働審判を仙台地裁に申し立てた。
パワハラを訴えられている元園長の瀧澤雅洋氏は、園の母体である日本基督教団涌谷教会の元牧師で、現在も涌谷みぎわ会の理事長を務めている。元職員12人のうち11人は昨年11月30日付で、1人は同8月31日付で退職したが、退職は瀧澤氏のパワハラにより余儀なくされたものだと訴えている。一方、瀧澤氏は2019年9月、パワハラ問題などをめぐって涌谷教会の代表役員を解任され、現在地位保全を求めて仙台地裁で別の訴訟を行っている。
申立書によると、瀧澤氏は15年4月に園長に就任して以降、気に入らない職員を無視するなど差別的に扱ったり、職員を大声で威嚇して問い詰めたりしたとされる(関連記事:涌谷保育園職員17人が退職届、元園長牧師のハラスメントに耐えきれず)。中には適応障害と診断された職員もおり、今回の申し立てでは、瀧澤氏によるパワハラの事例が10の別紙にまとめられて提出された。
職員らは19年12月、全職員29人中24人が加入する労働組合を結成。団体交渉を申し入れたが、瀧澤氏から納得のいく説明がなされることはなく、逆に懲戒解雇や刑事告訴の可能性を示唆するメールを職員に送り付けるなどしたという。そのため職員17人が昨年3月末に退職届を提出。瀧澤氏はこれに、園長を辞職するとした「誓約書」を交付し、職員らに退職の撤回を求めた。
しかし、職員らが園長辞職を条件に撤回に応じると、瀧澤氏は約1カ月にわたって行方をくらまし所在不明に。県や町からの電話にも出ず、園の事務員には「子どもが死ぬようなときだけ連絡をするように」と指示していたという。瀧澤氏は理事長であるほか、当時はまだ園長でもあった。また当時は、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が発令されていた最中にあり、園としての対応が迫られていた時期でもあった。そのため元職員の12人は、瀧澤氏の対応を「無責任極まりない」と批判している。
約1カ月後に姿を現した瀧澤氏は、理事会で「施設管理者」に選任されたとし、理事長兼施設管理者として園の経営を続行すると通告。その後は園長室で執務を行い、給与も園長時代と変わらない金額を受領するなど、事実上の園長として振る舞いつつも、園長としての責任が生じるような判断は避けるようにしたという。困惑した職員らは、施設管理者の役割について説明を求めたが、瀧澤氏は集団で退職届を提出したことへの謝罪文を先に書くよう要求するなど、誠実さを欠いた対応しかしなかった。
この後も瀧澤氏のパワハラは続き、集団で退職届を提出したことを「違法行為」「犯罪」などと非難。職員らが園の会議に参加するよう求めた際にも謝罪文を要求するなどした。また、新しく就職した保育士に、元職員らについて「あの人たちは犯罪者」などと述べたこともあったという。さらに昨年10月には、契約更新に関する個人面談で、非正規職員は150万円、正規職員は300万円を身元保証人の極度額とする「誓約書兼身元保証書」を提出するよう唐突に求めるなどした。申立書はこのほか、町議会で提起された瀧澤氏の飲酒問題にも言及した(関連記事:モラハラで解任の元牧師、保育園長退任後も園近くで飲酒繰り返す 町議会も問題視)。
職員らはみぎわ会の理事会に、瀧澤氏のパワハラを調査し、必要な対応を取ることを期待していたが、瀧澤氏は涌谷教会と関わりの深い人物を理事から退任させ、日本基督教団下谷教会牧師の藤田義哉氏や社会保険労務士の田山勉氏ら、自身と近い関係にある人物を理事に選任した。申立書はこれによって、瀧澤氏は職員らに対して「それまで以上に強い支配が可能になった」としている。
社会福祉法は、評議員会に理事長や理事を解任する権限を定めているが、みぎわ会の評議員会はこれまで、職員らの訴えに耳を傾けることもなく、保護者や町民に対する説明の場を設けたこともない。みぎわ会の現状届(16~20年)によると、評議員は瀧澤氏が卒業した東京神学大学の名誉教授で日本基督教団五反田教会牧師の山口隆康氏や、みぎわ会の法務を担う弁護士の杉原弘康氏らが務めている。
瀧澤氏自身はパワハラを否定しており、瀧澤氏を指導・解任することが期待されていた理事会や評議員会も機能していなかった。元職員らは、園児らを残して退職するつらい決断をせざるを得なかったとし、パワハラを受けた精神的苦痛に加え、職場を失った精神的苦痛も訴えている。
瀧澤氏のパワハラ問題は、テレビや一般紙でも連日報道されており、キリスト教界の問題の枠を超えて、社会問題として認識されている。しかし、瀧澤氏を正教師(牧師)として検定した日本基督教団や、通常出身者の牧師就任先の斡旋をしている東京神学大学は、瀧澤氏に関する公式的な見解や対応の進捗を公開の場でいまだ明らかにしていない。