ウェイン・グダイン夫妻を迎えた2014年10月に続き、12月にもナッシュビルからゲストをお迎えすることとなった。その方の名はエリシア・ブラウン。2011年のクライストチャーチ来日の際に9月にチームの一員として来日してくれた一人である。
彼女はテネシー州クリーブランドにあるリー大学のアカペラグループ Voices of Lee に所属し、その花形シンガーでもあった。そして何より、2014年当時はフロリダ州のディズニー・ワールドでステージシンガーとして歌うことが本職となっていたのである。いわゆる「ディズニーからの使者」がクリスマス時期に再来日というわけだ。
通常なら知り合いの教会に打診して、コンサートや伝道集会はどうですか?とお伺いを立てるところだが、今回まずアクセスしたのは、同志社インターナショナルスクールであった。10月にグダイン夫妻を招き、コンサートさせてくださった同志社大学教授からの紹介で、今度は帰国子女を中心とした小学校へ、エリシアを連れて行こうと計画したというわけである。
そう思えた最大の理由は、彼女がディズニーソングを本職として歌っているということ。当時、日本で爆発的大ヒットとなっていた「アナと雪の女王」の主題歌「Let It Go」が子どもたちにも大人気で、これを歌ってもらうことが最大の目玉であった。しかも日本語で!
だが、来日1週間前にとんでもないメールがエリシア本人から送られてきた。チケットも宿泊も交通手段も、すべてを段取りし、あとは来日を待つばかりであったので、メールは「楽しみにしているよ」という内容かと思って開いてみると・・・。
「数日前から喉の調子が悪く、今は全く声が出ない。歌えない。祈ってほしい」
この時の衝撃は今でも忘れることができない。小学校のステージだけではない。他にも大学でのコンサート、各教会での伝道集会など、すでにスケジュールは組まれ、皆チラシを配布して一生懸命に買いを盛り上げようとしているのだ。
私がこの時、彼女に返信できたのは「とにかく無事に来日することを願っています。きっと声が出るようになると信じています」これだけだった。
そして2014年12月5日、「ディズニーからの使者、エリシア・ブラウン」は関西国際空港に降り立った。思ったよりも元気そうで、普通にしゃべることができていたので、少しほっとした。彼女に「歌えるの?」と聞くと、「50パーセントくらいね」と明るく返って来た。どうやらこちらが過敏になり過ぎていたようだ。彼女は学生時代から「どんな状況でも一定のパフォーマンスを出す方法」を身に着けているという。
今回は彼女にとってソロ初来日ということで、並々ならぬ意気込みがあるのだろう。ナッシュビルでは、人一倍口が回り、いつも大声で明るく話していたが、さすがに来日から数日はほとんどしゃべらず、歌うことにのみ集中している様子だった。
スケジュールは滞りなく進んでいった。インターナショナルスクールでは、朝礼と礼拝の時間をフルで頂いていたので、優に1時間はステージがあったのだが、喉の不調など全く感じさせない歌唱ぶりだった。
特に彼女が尊敬してやまないシンガー、モリース・カーター氏(2011年5月の初来日後、心臓発作で他界)が作詞作曲した「He still Leads」は、多くの感動を呼び、人びとの涙を誘った。「モリース氏に励まされて、今の自分がある」と語るエリシアの言葉は、その後の歌と共に、歌が人の心をつなぐさまをまざまざと見せつけてくれたように思う。
ツアーはどれも大盛況だった。しかし時折顔をゆがめて水を飲むそのさまは、決して万全ではないということだろう。言い換えるなら、これだけ体調が悪いのにこのパフォーマンスレベルということは、もしも体調万全だったら一体どんなステージになっただろうかと考えると、そちらの方が気になってしまう。
だが、一つだけ残念なことがあった。それは「Let It Go」をフルで歌いあげるほどには喉が回復していないということである。だからサビの部分だけ、アカペラで(もちろん日本語で)歌うことになってしまった。初めに「ごめんなさい」と謝りを入れ、それから歌うという、本人にとっても決して本意ではないやり方を取らざるを得なかったということである。それでも伸びのあるソプラノボイスは、アカペラだからこそ十分聴衆の心に響いたし、何より米国のプロシンガーが日本語で「レリゴー」してくれたことに、皆は拍手喝采であった。
ツアーも終盤に差し掛かった頃、とある教会で開催されたコンサートの中で、彼女は歌ではなく、「語り」で人々をびっくりさせたことがあった。それは、私も初めて聞く彼女の「生い立ち」であった。エリシアは、実は里子に出され、そして今の両親の下にもらわれてきたということだった。彼女は思春期になる頃、自分の出自を恥じ、どうしても人前で歌えなくなってしまったという。そんな時、牧師である義父がこんな話をしてくれたという。
「あなたがたとえドラッグ漬けの両親の下に生まれたとしても、その命は神様が下さったんだよ。天の神様が本当のお父さんなんだ。そのお父さんは、あなたをどれくらい愛してるかって? それは、実子であるイエス・キリストをこの地に送り、その命と引き換えにしてでもあなたを救いたい、愛したいと思ったんだよ。だから、クリスマスは盛大にお祝いしなくちゃ。エリシア、あなたには神様から『歌う』という才能を頂いている。これを用いて、神様に愛された子どもの素晴らしさを人々に伝えていってもらいたいんだ」
この時、わずか13〜14歳くらいだったエリシアは、必ずゴスペルシンガーになるんだ、と心に決めたのだという。
ええ話しやん! 思わず私の目からも涙がこぼれ落ちたことを、今でも覚えている。稀代のシンガー、「ディズニーからの使者」と思っていたエリシア・ブラウンは、正真正銘「神からの使者」として、クリスマスに来日してくれたのであった。
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