「谷はすべて埋められ、山と丘はみな低くされる。曲がった道はまっすぐに、でこぼこの道は平らになり」(ルカ3:5)
毎年、夏から秋にかけて日本列島のどこかで土砂が崩れます。素人であるにもかかわらず、2011年の東日本大震災から「土」に取り組むようになりました。私が理事長を務めさせていただいている神戸国際支縁機構は、被災地の地面をはいつくばりながら、近年、炊き出し、傾聴ボランティア、「田・山・湾の復活」のため、災害地に駆け付けています。
かき立てる動機の一つに「土」に対するこだわりがあります。ボランティアで訪ねた先々で、自然の「土」を世話する働きに仕えるようになっています。土を耕すことには、労働だけでなく、「文化」という意味があります。 英語で農業のことを「アグリカルチャー(agriculture)」といいます。「アグリ(agri)」は「畑」という意味です。畑のカルチャー(文化)が農業です。このカルチャーという言葉は、ラテン語を語源にしており、その元になっている動詞「コロー(colo)」は「住む」「耕す」「世話をする」「育てる」「崇拝・礼拝する」という意味の言葉です。現在では、「カルチャー」は日常語となり、このような語源が意識されることはありませんが、語の歴史をさかのぼるとそうなります。
文化というと、学問や芸術などの精神的な働きのことだけと考えがちですが、キケローというローマの文人が「魂の耕作が哲学である」と言ったように、文化のもとは「耕す」という人間と土との関わりにあります。
しかし、昨今の日本では、集中豪雨、土石流、洪水などによって、「土」が咆吼(ほうこう)しています。なぜ作物を収穫する前に、地形が無残に変わり果ててしまうのでしょうか。今年も、8月末には佐賀県を中心に九州北部で大規模な水害が起こりました。 また9月には台風15号、そして10月には台風19号が襲いました。
佐賀水害
神戸国際支縁機構のメンバーは9月1日、神戸市の本部からハイエースに乗り込み、8月27日から28日にかけて記録的な大雨が襲った佐賀県北方町(きたがたちょう)に向かいました。六角川による浸水で、同県武雄市の大町町(おおまちちょう)は当時、町のほとんどが冠水したと聞きました。国土地理院が8月28日に上空から撮影した写真と、浸水地点の標高データを基に推計したところ、県内の浸水被害は、小城市を流れる牛津川周辺で最大深さ約3・1メートルに達し、牛津川周辺は南北約10キロの範囲が浸水しました。また、武雄市の六角川(ろっかくがわ)周辺は東西約14キロにわたって浸水し、同市内の北方町志久(しく)では深さ約2・7メートルに達しました。
さらに追い打ちをかけるように、佐賀鉄工所の大町工場から工業用のオイルが流出しました。人体の健康に直接的な害はありませんが、付着した農作物に被害が出ました。佐賀県によると、オイルの流出範囲は大町工場から東と南東方向に約1キロに及んだそうです。佐賀鉄工所は、国内年間売り上げ480億円を誇る自動車用ボルトのトップメーカーです。1990年の水害時もオイルが流出した失敗から、工場のかさ上げなど対策をしてきました。今回もオイル流出後、社員が総出で付近一帯の住民を回ったり、消防にもいち早く連絡したりするなど、迅速に対応しました。流出の原因は、工場近くを流れる六角川が増水し、工場内に水が流れ込んだことでした。果たして、盛土をして水害に備えてきた佐賀鉄工所にのみ責任があるといえるのでしょうか。
六角川氾濫の原因
六角川は、白石平野を緩やかに蛇行しながら流下しています。有明海の河口部に六角川と牛津川が合流して注いでいます。海面すれすれの低平地です。外水氾濫(河川から水があふれ出る氾濫)と内水氾濫(河川への排水不能による氾濫)が複合的に起こる水害常襲地帯として、長年、地域住民を苦しめてきました。有明海の約6メートルにも及ぶ干満差のため、六角川流域の地帯は満潮時には海面よりも低くなります。海から50キロも離れているにもかかわらず、海の影響で水はけが悪いのです。ですから、1990年に起こった水害を教訓に、下水のくみ上げなどを行い ました。しかし、それにより地盤沈下が発生するなどしました。
度重なる水害に国は腰を上げて、内水氾濫が起きないように対策を講じてきました。国の対策は、H.W.L(ハイ・ウォーター・レベル =堤防が耐えられる最高の水位)理論に基づいています。国は莫大な予算をかけ、市街地や農地の冠水を防ぐために、巨大な排水機場を建設することにしました。例えば、排水量が1秒間50立方メートルしかない「板橋排水機場」だけでも、約41億5千万円を計上しています。六角川沿いに36もの排水機場を造りました。用水路などの水を遊水池に誘導し、ポンプで河川に送り出す仕組みです。
しかし、人間が自然の脅威を技術によって管理できるという思い上がりがないか吟味すべきでしょう。例えば、河川の水位がH.W.Lを超えると、堤防が決壊するというアキレス腱があります。その場合、排水機場は無用になります。今回も、排水機場に2人が交替制で勤務しており、3日間は不眠不休で六角川に田んぼなどの水を送り込んでいましたが、六角川が最高水位近くまでなってしまったため、ポンプを停止するよう国から指示されました。もちろん、河川の水位が高まり、堤防決壊の恐れがある場合はポンプを停止することもあるでしょう。しかし、2年前の九州北部豪雨の際も、六角川は堤防が決壊する危険水域に達していました。それにもかかわらず、対策を十分に行ってこなかった国交省の対応は怠慢だったとはいえないでしょうか。
阪神・淡路大震災で叫ばれた「創造的復興」の偽善
1995年に発生した阪神・淡路大震災により、神戸市の中心街は壊滅状態になりました。さながら戦時下の様相でした。当時は、佐賀県武雄市出身の故・貝原俊民氏が兵庫県知事でした。「創造的復興」という名文句を打ち出した人としても知られています。兵庫県や神戸市は震災後、神戸空港や神戸市営地下鉄、最先端医療などへ、次々と国からの復興予算を注ぎ込みました。外観は短期間の内に復興を遂げたと評価されています。
しかし復興は、被災者の生活再建が基礎とされるべきです。まずはライフライン、そして経済的に体力のない零細企業や個人商店などを優先的に考慮しなければならないはずです。それにもかかわらず、行政は「創造的復興」と称して、こうした大型プロジェクトを優先しました。震災の10年ほど前からあった再開発計画を実現に至らせるために、多くの反対を押し切って、国からの復興予算をハコモノ造りに使いました。「創造」とは本来、無から有を生じることを意味します。阪神・淡路大震災からの復興は決して「創造的復興」とはいえません。役人の名声欲を満たしたにすぎません。復興は外観ではなく、心の充足が得られることが肝要です。一人でも震災の悲劇で、痛み、苦しみ、怒り、悔しさが温存し続けないように心すべきでしょう。
自然との和解
田・山・湾は本来、自然の領域です。「自然」という言葉は「生まれる」とか「生じる」という意味のラテン語「nascere」から派生しました。つまり、まだ芽が出る前の胚状(はいじょう)の段階です。人間が「開発者」として、自然を「耕す」=「開発する」という価値観は、「自然」から利潤を追求していく動機が支配しています。自然を儲(もう)けの対象としてみなす価値観の変革を提言しないと、21世紀の半ばまで行く前に、地球は消滅する瀬戸際に立たされています。今こそ、巨大災害に嘆息するのではなく、「謝罪」し「和解」していく福音に「改革され続ける」のではなく、「改革されなければなりません (to be reformed)」。
土木、道路、ダム建設者は、主題聖句の「谷はすべて埋められ」(ルカ3:5)を行動原理とします。スチュワード精神により、自然を支配し、完成することを目指してきました。一方、マイクロプラスチックや原発、太陽光パネルなどの廃棄が人類生存を脅かすとして、「自然に帰れ」と原始生活への回帰を希求する反動もあります。
しかし、このルカによる福音書3章5節は、イザヤ書40章4節の引用です。そこには「もろもろの谷は高くせられ」(口語訳)とあります。英語では、”Every valley shall be lifted up”(JPS Tanakh 1917)、”Every valley shall be raised up”(NIV)、” Every valley shall be exalted”(King James 2000)です。「谷が埋められる」ではなく「谷が高くされる」と、真逆の解釈が成り立ちます。聖書的思惟(しい)は、AかBかの二元論、自然支配か原自然回帰の二者択一ではありません。
7月14日から20日にかけ、ヒマラヤ山脈に近い被災地バルパックを訪問しました。孤児に寄り添う目的でした。バルパックは何世紀にもわたって、自然を破壊する高速道路の建設がなされていません。そこには、人々が行き来する道がありました。動物も共生しています。人間の心のふるさとを壊さないで、自然に仕える先人の知恵、世界観、文化こそ聖書に記されています。
「正しき者は動物の思いが分かる」といわれるように、私たちは、被造物の生存を脅かすような振る舞いをしてはいけません(箴言12:10)。未曾有の自然災害が毎年繰り返される今こそ、人類は自然にひざまずく時です。欺瞞(ぎまん)と暴力に満ちた市場経済の勝ち残りゲームに疲弊した現代人を慰め、癒やし、喜びをもたらすのは、「土」と共生する自然界の生き物です。彼らに君臨するのではなく、仕えていくときに、自然と共存共栄する「新しい地」で、生きるいのちを謳歌することができるでしょう。被災は世界観を変革するツールだったと、後世に自分たちの子、孫たちが口ずさむ日が来ますように。
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