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居心地の良い場所から追い出されるとき 佐々木満男

2019年4月26日23時23分 コラムニスト : 佐々木満男
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「お巡りさん、大変です。病気で寝たきりの母が家から突然いなくなってしまいました! 近くに住んでいる兄に聞いても知らないと言います。すぐに探してください!」

警察に捜索願を出したA子さんは、母の安否を気遣ってその晩は一睡もできなかった。翌朝、警察から電話があった。「念のために、お兄さんに連絡したら、『妹が働かないで家賃も払わず母の貯金でぜいたくに暮らし、あげくに母を虐待して財産を独り占めにしようとしていたので、私は母を守るために安全な場所に移動したのです』と言っていました。警察としては家族の問題にまで介入できませんので、あとはお兄さんと話し合ってください」とのことであった。

独身であったA子さんは、会社に勤めて働きながら、長年にわたって母と同居して年老いた母の面倒を見ていた。その後、病気で寝たきりになった母を介護するには、会社を辞めなければならなかった。母は献身的に助けてくれるA子さんに感謝して、夫から相続した家を自分の死後はA子さんにそのまま相続させたいと思った。母は公証人を家に呼んで公正証書遺言書を書いてもらい、A子さんに全財産を相続させることにした。近くに住んでいた他の唯一の相続人である兄は、サラリーマンで自分の家を買い、妻子と住んでいて生活には困っていなかった。

ところが、遺言書のことを知った兄が、突然に母を連れていってしまったのだ。A子さんは弁護士に相談したが、家族間の問題なので裁判で解決することは難しいとのことであった。

数カ月後、兄が連れていった入院先で母が亡くなった。しばらくして、兄の弁護士から、兄が家の権利を相続したのでA子さんに家から立ち退くようにという内容証明郵便が届いた。驚いて、法務局で調べたところ、家の名義はすでに相続により兄の名義になっていた。兄が母に新しい公正証書遺言書を書かせ、自分が全財産を相続したのである。結局、A子さんは家を追い出された。

「神様、あまりにも酷すぎます。なぜこんな不条理を許されるのでしょうか? 一体私がどんな悪いことをしたと言うのでしょうか? どうして貧しい私が永年住み慣れた家を出ていかなければならないのでしょうか?」

いくら祈っても、何の答えも来なかった。一人で小さなアパートに閉じこもり、悶々とした日々を過ごしていた。「兄だけは絶対に赦(ゆる)せない。いっそのこと兄を殺して自分も死んでしまいたい」。A子さんは心を病んで精神科に通うようになる。

ある日、病院の待合室で何気なく聖書を読んでいた。キリストが十字架にかかり、「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです」(ルカ23:34)と叫んだ場面に心を打たれた。「イエス様は生涯にわたり良いことしかなさらなかった。それなのに人々はイエス様を十字架につけて殺してしまった。しかもイエス様は自分を殺そうとしている人々を赦していたのだ」。教会で何度も聞いた話であるが、その時は神がA子さんに直接に語られたような気がした。

A子さんはようやく兄を赦し、新しい道を歩む決心をした。そして母の介護の経験を活かし、介護福祉士の資格を取った。今では介護支援専門員(ケアマネージャー)として、生きがいをもって、心身の障害により日常生活を営むのに支障がある多くの方々のケアをしている。

また、同じ職場の男性の職員と結婚して、新しい家に住むことになった。実は、結婚式に赦した兄を招いたら来てくれた。その後、兄からお祝いとして、母の家を売った売却金全額がA子さんの口座に振り込まれてきた。「これで2人の新居を買ってください」とのことだった。

◇

佐々木満男

佐々木満男

(ささき・みつお)

弁護士。東京大学法学部卒、モナシュ大学法科大学院卒、法学修士(LL. M)。インターナショナルVIPクラブ東京大学顧問。

※ 本コラムの内容はコラムニストによる見解であり、本紙の見解を代表するものではありません。
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