英国のトニー・ブレア元首相が創設した「トニー・ブレア・グローバル化研究所」は13日、「世界過激派モニター」(GEM、英語)と呼ばれる報告書を発表した。それによると、「暴力的なイスラム主義組織」とそれに対する応戦による2017年の死者数は、世界66カ国で少なくとも8万4023人に上ることが分かった。
死者の内訳は、4万8164人が過激派の戦闘員で、2万1923人が民間人、1万337人が兵士、3307人が非国家主体の活動家(クルド自治政府の軍事組織「ペシュメルガ」の兵士など)で、292人は身元不明だった。
同報告書によると、イラクやシリアで猛威を振るった「イスラム国」(IS)が大幅に衰退したものの、今も約120の「暴力的なイスラム主義組織」が存在し、「依然として世界中で攻撃を誘発したり、攻撃を指揮したりしている」という。
この報告書は英語のオープンソースデータを基にしており、同研究所のアナリストによると、暴力的なイスラム過激派と、国や自治組織との間で繰り広げられた戦闘は、2017年に2万7092件あった。また、48カ国で7841件の攻撃があり、少なくとも47のイスラム過激派グループが、故意に「民間人に対する致命的な戦闘を指揮した」。これらの攻撃は「恐怖を浸透させ、公衆の士気を下げるために企てられた」という。
民間人を最も多く標的としたグループは、ナイジェリアを中心に活動するボコ・ハラムで、全攻撃の71パーセントが、民間人を狙ったものだった。一方、イラクとシリアにおけるISによる攻撃とそれに対する応戦で亡くなった民間人は昨年、2080人だった。
イスラム教の宗派間の攻撃にしぼると、その95パーセント余りがシーア派を標的にしたものだった。その一方で全体では、「かなりの数の作戦がキリスト教徒に対する宗教的迫害に焦点を当てていた」とされる。
「意思決定者(国家指導者)が思考の戦いに最大限に取り組み、過激派の全体主義的思考に立ち向かわない限り、イスラム過激派による暴力は世界中に広がり続けるだろう」と同研究所は警鐘を鳴らす。
「イスラム過激派に立ち向かう手法は地域的な状況において異なるが、いずれにしてもその難度は増している。テロリストと戦うための持続可能な戦略を構想するに当たり、彼らを動機付け、団結させているイデオロギーの力を理解することが不可欠だ。
その難しさは2017年のデータからはっきり読み取れる。問題の深さと発端を認識し、今後も続くであろう長期的な戦いに向けて備えることが肝心だ。それは暴力に対してだけでなく、武力闘争への呼び掛けを正当化するに至った思想や信条に対しても同様だ」
ブレア氏はこの日、米首都ワシントンの非営利シンクタンク「外交問題評議会」で講演し、この報告書の所見を発表した。
ロイター通信(英語)によると、ブレア氏は、安全保障措置は「暴力を減速させる」だけで、その背後にある暴力的なイデオロギーを撃退することにはならないと指摘。「世界が心を一つにしてこの問題の深さを理解しない限り、イスラム主義は拡大し、それと共に暴力も拡大するだろう。今が行動すべき時だ」と語った。
同報告書は一例として、シリアにおけるISの状況を紹介している。
「ISの戦闘員をイラクやシリアから排除し、緊急に移動させたことで、アフガニスタンの状況を悪化させてしまったようだ。アフガニスタン国民に平和をもたらす新たな取り組みを妨害するために、ISの現地組織『イスラム国コラサン』が、アフガニスタン東部と北部で活動を強化したからだ」
また、ドナルド・トランプ米大統領の2017年4月の決定にも言及している。トランプ氏はアフガニスタンのナンガハール州に「すべての爆弾の母」と呼ばれる大規模爆風爆弾兵器「MOAB(モアブ)」を投下し、ISの戦闘員36人を殺害した。しかし同報告書は、この対応はISの活動を縮小する上では効果がなかったとしている。
「ISの隠れ家に対するモアブの投下後も、アフガニスタンにおけるISの活動は減速していないことをデータは示している。かえってISの自爆テロは、アフガニスタンで急増した。その結果、2018年前半の死者数は1パーセント増加し、ほぼ1700人に達したと国連は推定している」
同報告書が強調するのは教育だ。過激派に反対する教育の徹底を世界的に呼び掛け、極端なイデオロギーの拡大を阻止するために、教育制度を向上させる必要があると訴えている。さらに、過激派に対する固定観念や偏見を正当化するような教育制度は、過激主義の撲滅には役に立たないとしている。
米CBSニュース(英語)によると、テロ専門家のブルース・ホフマン氏は、ブレア氏の講演後に行われたパネルディスカッションで、「これらの集団(過激派集団)を維持するために、勧誘や再編成が行われている。そのサイクルを断ち切るために、教育に狙いを定め、偽りに立ち向かい、各地におけるリーダーシップを構築する必要がある」と訴えた。