米国の有名アーティスト、フレッド・ハモンドがエグゼクティブ・プロデューサー(最高責任者)となり、全米を巡る「フェスティバル・オブ・プレイズ」というツアーがある。このコンサートツアーが他と大きく違うのは、メインアーティストがすべて男性ということ。もともと、こういう趣旨のものではなかったらしいが、今年は「男性」をターゲットにして来場を呼び掛けようと、こういう企画になったらしい。
理由は男性の意識改革の必要性を感じたからだそうだ。フレッドいわく「自己中心的な男性の行動が、子ども虐待の問題に影響している」というのだ。私も年に一度、日本を訪問し「オレンジゴスペル」という子ども虐待防止の啓発活動を目的とした全国ツアーを行っている。そういう私も、子ども虐待に歯止めを掛けるには、男性の協力が絶対必要であると考えている一人だ。ちょうどオレンジゴスペルも、今年からより多くの男性に参加してもらえるような企画にしたいと宣言したところだったため、趣旨にとても共感するところがあり、取材させてもらった。私が取材した会場は、ニューヨーク・ブロンクスにある「Lehman Center for the Performing Arts」。ニューヨーク市立大学リーマン校の中にある音楽ホールだ。
ツアーには、ドニー・マクラーキン、ジェームス・フォーチュン、チャールズ・ジェンキンスがメインアーティストとして出演しているが、ニューヨークの会場には特別ゲストとして、アカペラグループの Take 6 も出演した。このツアーがユニークなのは、本格的なコンサートが行われる中、音楽と音楽の合間にちょっとした「スキット」(お芝居)があることだ。その中の1つをご紹介しよう。
裁判所の風景。離婚した両親が裁判官の前にいる。裁判官は男性に「あなたが養育費を払わなければ、あなたの子どもをきちんと養育することができません。あなたが父親としての責任を果たさなければ、困るのは元奥さんではなく、あなたのお子さんなのですよ」と言い、養育費を毎月きちんと払うことを約束させる。そして次に女性に向かって「あなたは学歴がないから満足な収入を得られないと言い訳し続けることはできません。本当に学歴が必要だと思えば、学校に通えばよいのです。ニューヨークにはお金がなくて学校に行けない人々をサポートする制度があります。元ご主人ばかりを当てにしたり、言い訳ばかりしたりして母親の責任を果たさないという甘えは許されません。大人になりなさい」とたしなめる。
こういったちょっとしたスキットを、それぞれのアーティストのショーケースの間に入れるのだ。大人たちが子どもたちのために「何をしなくてはならないか」をセリフを通してしっかりと伝えながら、一流のゴスペル音楽でコンサートとして堪能してもらう。観客はコンサートを楽しみながら、社会問題について考える機会を与えられることになる。
私が企画するオレンジゴスペルも、ゴスペル音楽とメッセージを織り込んだイベントである。オレンジゴスペルの場合は、このツアーのようにプロのプロモーターが仕切っているわけではないので、大掛かりなイベントはできない。それでも、オレンジゴスペルに協力したいと望む市民ボランティアや有志アーティストたちが、自分たちの時間を提供し、寄付を集めながら行っている。海外アーティストも出演する、手作りのツアーとしては信じられないほどの内容と規模である。米国のプロと日本の市民レベルのイベントという違いはあるものの、「子ども虐待」という重たい問題にゴスペル音楽で立ち向かおうとする点で類似した企画である。
日本は少子化問題が深刻な状況にある。まったく状況を理解していない、とんちんかんな代議士が「(女性は子どもを)産む機械」などとずいぶん前に発言し、タイム誌(約200カ国で読まれているトップ英文ニュース雑誌)などの海外メディアにも取り上げられ、大恥をかいたことがあった。あれから企業人も政治家も発言には気を付けるようにしているようだが、女性蔑視の発言は後を絶たないし、環境改善もなかなか進まない。女性は子どもを産みたくないということではない。産んでも育てられる環境が今の日本に整っていないから産めないのだ。
たとえ産んだとしても男性の協力が得られず、追い込まれた母親が子どもを虐待してしまうケースも後を絶たない。母親を社会が追い込んでしまっている。子ども虐待をつくっているのは母親ではなく、今の日本の社会なのだ。
音楽の合間に行われるスキットには、フレッド自身も出演する。「男性は強そうに見せるけど、実は劣等感の塊だったりするんだよね」。フレッドが演じたのは、学歴もなく、太った体型で、自分に自信を持てない一人の男性だった。しかし彼が鼻歌を歌うと、そのあまりに美しい歌声に魅了され、周囲の人々が彼の見方を変える。そして彼は自信を取り戻すという話だった。
神様は、一人一人を違うものとして造り、違う才能を与えている。誰にも欠けているところがあり、完璧ではない。親だって子どもができたからといって、いきなり立派な親になれるわけではない。完璧な子育てなどないのだ。だからこそ、みんなで協力しないといけないのだというメッセージが、演じられたスキット一つ一つに込められていた。
ドニー・マクラーキンは歌の合間にこんなメッセージを男性たちに向けて発信した。
「男性の皆さん、あなたたちだって泣きたいときは泣けばいいのです。男性は涙を見せてはいけないなど、神様は言ってません。男だって泣きたいときはある。そんな時は格好つけなくていいんですよ。天に向かって大声で泣いて、神様に助けを求めたっていいんです!」
今回の出演者の1人であるゴスペル歌手、ジェームス・フォーチュンは、2014年に実生活でドメスティックバイオレンス(DV)事件を起こしている。有名ゴスペル歌手の逮捕劇は、米国のメディアで大きく取り上げられた。彼がこのツアーに参加するには、かなりの勇気が必要だったはずだ。過ちは誰にでもある。問題は過ちを犯した後、どうするかである。1曲目「Favor of God」を歌い始めたとき、アップテンポの曲にもかかわらず立ち上がったのは男性1人だけ。冷たい空気が流れた。しかし、大ヒット曲「I Trust You」を熱唱したところで会場の空気が変わった。彼の「主よ!」と天に向かって泣き叫ぶ心の叫びが、観客に伝わったように思えた。
フレッドは最後に会場の男性をステージ前に呼び寄せ、メッセージと祈りをささげた。観客の3分の1は男性だった。
「このツアーは男性の皆さんを勇気づけるものにしたかったのです。私自身も普通の男で父親です。時々ストレス解消にバイクに乗って走ります。山道はくねくねしていますから、それをバイクで走行するときはドキドキしますね。とてもスリリングです。人生はそれと同じようなものだと思うのです。曲がるときにちょっとでもバランスを崩せば大けがをする。スピードを落とし過ぎればバイクが倒れる。人生も本当に加減が難しい。男性はイライラすると力で何とかしようとする傾向があります。しかし、暴力では何も解決しない。暴力で人間関係は築けません。私たちに必要なのは『愛』なのです」
最後はフレッドのヒット曲「No Weapon」。観客が全員立ち上がり、共に合唱し幕を下ろした。「フェスティバル・オブ・プレイズ」は全米50カ所での公演を目指しているという。音楽を通して、DV撲滅や子ども虐待防止を伝えようとするコンサートツアー。1つでも多くの会場で開催できるように祈りたい。
私が企画するオレンジゴスペル全国ツアーも、今年は10月25日(木)に新潟からスタートし、11月11日(日)に神戸で行うフィナーレまで全国各地で開催される。現在、開催希望地を募集している。問い合わせは、オレンジゴスペル事務局([email protected])まで。
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