6日、サッカー・ワールドカップの興奮冷めやらぬ日本に、ある種の激震が走った。歴史的な大雨による被害が次々と報告される中、麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚をはじめとするオウム真理教の元幹部7人の死刑が執行された。1995年3月に発生した地下鉄サリン事件から23年。「平成」という時代に起こった歴史的事件の1つとして、日本人の記憶に深く刻まれた前代未聞の宗教集団による反社会的行為は、20年以上にわたって私たち日本人に大きな重荷となっていたことは間違いない。
もちろん、地下鉄サリン事件や他の事件によって被害を受けた方、またその遺族の方にとって、この事件は決して「歴史的」なものではなく、今なお向き合わざるを得ない「現実」であろう。また多くの日本人にとって、そして特に宗教者や宗教界に身を置く者たちにとって、オウム信者のしでかした事件は、主犯格の幹部らが生存しているという「事実」が、事件がいまだに終わっていないという意識を抱かせ続けたのである。
くしくも私は地下鉄サリン事件の年に結婚し、それから数年して牧師になるべく献身(一般職を辞めて牧師の道を志すこと)した。そして私が初めて「現場」(街角や公共の場で行う伝道活動)で道行く人から浴びせられた罵声が「お前とオウムと何が違うんじゃい!」であった。
それ以来、私の中に常に「オウム」があった。そして地下鉄サリン事件をどう捉え、この事件を引き起こしたあの宗教集団を、同じ宗教界に属する者としてどう解釈していくのか、について考察し始めたのである。
今回、1つの「節目」に遭遇し、自らの20余年を振り返るとともに、地下鉄サリン事件に代表される一連の「オウム事件」(松本サリン事件などを含む)がキリスト教界にもたらした「功罪」を探ってみたいと思う。私は決してこの分野の専門家ではない。だから私の主観的な意見と見なされることも致し方ないと思っている。これは、一宗教家(キリスト教の牧師)が「オウム事件」をどう見てきたか、をエッセイとしてつづったものである。
多くの識者は1995年を「カルト元年」と表現している。確かに「オウム以前」と「オウム以後」では、マスコミのみならず、私たちが使う言葉においても大きな変化があった。例えばこんな用語は、オウム以前には決して新聞や雑誌に頻出することはなかっただろう。「カルト」「サティアン」「上九一色(かみくいしき)村」「ヘッドギア」「ポア」「ハルマゲドン」・・・。おまけで「ああいえば、上祐」「ショーコーショーコー」「修行するぞ、修行するぞ」。
懐かしいと思われる方は、私と同年かそれ以上の方だろう。いずれにせよ、普通の日本人が決して用いないような用語が連日新聞各紙を賑わし、同時に歯に衣着せぬ言い方でこうも言われ始めた。
「宗教は怖い」
今までも日本人は、どちらかというと形骸化した宗教(「ウチの家は代々、仏教だ」などの言い回し)を大切にすることで、何の疑問も抱かずに生きてこれたように思う。しかしオウム以降、そのような宗教性を口にすることがはばかられるような機運が生み出された気がする。
その一例が上述した「お前とオウムと何が違うんじゃい!」である。ここまでストレートに言われないまでも、自分のことを「クリスチャンです」とカミングアウトするなら、たちどころにオウム真理教と関連付けられて煙たがられることになる。
そう、確かにオウム真理教の教えとキリスト教の教えは、連関している部分は存在する。2つの宗教をつないだのは「ハルマゲドン」という言葉。そして警察の事情聴取などから明らかになった「終末論」的思考パターンである。
だからこそ、クリスチャンは躍起になって「自分たちはオウム真理教とは違う」というアピールをしなければいけなくなった。さらにこれが拡大され、「カルトではない」「カルトからキリスト教は救出できる真理です」とアピールすることになる。しかし私が体験した1つの事例から、この必死の努力は2010年を越えるまでは、あまり功を奏していなかったように思われる。
それは、私が大学生らと語り合ったときのこと。教会に足しげく通うようになった大学生が数人いた。私は牧師駆け出しであったので、彼らに一生懸命に関わり、そして何とか洗礼へと導けるところまでやってきた(と自分としては思っていた)。彼らに「洗礼を受けて、クリスチャンにならないか」と勧めてみた。すると彼らは皆顔を曇らせ、「それはできない」と言うのである。20歳前後の学生たちは「1つの宗教に帰依すると、オウムのようになるのではないかと思ってしまう」と口をそろえて言うのだ。1995年当時、彼らは10歳から12歳くらいであった。阪神・淡路大震災からわずか数カ月後に起こった地下鉄サリン事件を、ニュースの内容がほぼ理解できる年代で受け止めた世代である。
この時、私はこの「オウム事件」が引き起こしたインパクトは、一宗教に留まらず、日本の宗教界全体に多大な被害をもたらしたのだと理解したのであった。それ以来、私は日本人の「オウム・ショック」を乗り越えるような「キリスト教の伝達方法」を模索することになったのである。
ただ、すべて悪いことだらけだったかというと、決してそうではない。先ほどの「宗教は怖い」の中身を、向き合ったノンクリスチャンの方が語ってくれるようになったということである。
牧師として、今までおそらく数千人の方と向き合ってきたと思う。さまざまな背景を持った人たちが教会や、キリスト教関連のコンサート、講演会などに来られるので、いろんな意見や質問に出くわすが、総じて言うと「宗教は怖い=自分に役立つものと思えない」という構図が存在するということである。
では「役立たない宗教」とは何か。例えばこんな回答があった。
「自分の理性や常識から外れた活動を強要される」
「霊とか超常現象とか、そんなものに引き込まれるのが怖い」
「家族や友人と引き離される感覚がある。もう戻ってこれない、的な?」
各々の宗教心がそれほど熱心ではない日本人が、こういった意識を言語化、具現化できたのは、やはり「オウム事件」を間接的にせよ体験したからであろう。
だから私は、上記のような疑問や恐れを解くような「福音」を伝えられるよう研鑽(けんさん)を積み始めたことは言うまでもない。つまり「あなたに役立つキリスト教」を具体的に提示することこそ、日本人が求めている宗教的ニーズに応えることになるというわけである。
しかし2010年以降、最近の大学生と話をすると、あまり「オウム事件」にリアリティーを感じられないようだ。それを象徴的に表しているのは、次の発言である。
「ああ、それ教科書に載ってました」
そうですか(笑) 確かに、今現役の大学生というような世代は、1995年には生まれていない。だから彼らにとっては「大化の改新」も「地下鉄サリン事件」も、同じ「教科書の記載事項」というくくりに入れられてしまうようである。
しかし、人が宗教心を自覚的に抱くきっかけは、時代が異なっていてもその本質においては変わりないだろう。だから今も「日々研鑽」である。
あと1年内で「平成」が終わる。オウム真理教の元幹部の死刑執行報道は、そんな実感を与えてくれた出来事であった。間もなく平成の世が終わる。しかし次の御言葉は決して変わらないのだから、この節目を乗り越え、たゆみない歩みをしていきたいものだ。
「草は枯れ、花はしぼむが、わたしたちの神の言葉はとこしえに立つ」(イザヤ40:8)
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