宗教改革500年を記念する演奏会、「ブラームスのドイツ・レクイエム」(主催:R500実行委員会、東京シンフォニア)が10月31日夜、東京芸術劇場(豊島区西池袋)で開催された。ロバート・ライカー氏による指揮のもと、国際的なソリストと、総勢250人の学生オーケストラと合唱団による演奏は聴衆に深い感動を与えた。
同コンサートはカトリックとプロテスタントが協力して実現させたもの。元々ウィリアム・グリム氏(メリノール宣教会司祭)が姫井雅夫氏(日本基督教団赤坂教会牧師)に企画を持ち掛けたところから始まった。宗教改革500年を単に祝うのではなく、この500年の間に起きた変化を振り返り、双方にとって神の恵みが多くあったことを心に刻む日にしたいという強い思いから、4年前、宗教やビジネス、音楽の各分野から指導的立場の人々をメンバーとしたR500実行委員会が組織され、準備を進めてきた。
「ドイツ・レクイエム」は、ヨハネス・ブラームス(1833~97)が1868年に完成させた宗教音楽の傑作。「レクイエム」としてはモーツァルトやフォーレによるものが有名だが、多くはカトリックのミサを土台として作られ、歌詞もラテン語の典礼文。しかし、プロテスタント信徒であったブラームスは、マルティン・ルターが訳したドイツ語訳聖書などに基づき、ブラームス自身が選んだテキストを歌詞に使用している。
1856年、自分を世に出してくれた恩師ロベルト・シューマンが世を去ったのをきっかけにブラームスは作曲を始め、65年に最愛の母クリスティアーネを亡くしたことで、ついに曲を完成させるに至った。そうした中でブラームスは、今を生きる人々のために慰めと希望を与えたいと考えたのだ。
同作品は、神を信じて従っていく時に必ず慰めが与えられ、悲しみが喜びに変わることを訴える。各楽章の歌詞には旧約・新約の御言葉がちりばめられ、「悲しい」「はかない」という言葉で始まっても、最後は必ず「慰め」「喜び」で結ばれる。第1楽章は「悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる」(マタイ5:4)から始まり、第7楽章の「今から後、主に結ばれて死ぬ人は幸いである」(黙示録14:13)で締めくくられる。
演奏が70分以上に及ぶ大作だが、最も感動的なのは第5楽章「今はあなたがたも、悲しんでいる。しかし、わたしは再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる。その喜びをあなたがたから奪い去る者はいない」(ヨハネ16:22)だ。優しく自由なソプラノの独唱に、中間部で心のこもった合唱が応え、この上なく美しい慰めを感じさせられる。これは、母親を亡くした悲しみと再会できる希望に導かれるようにしてブラームスが後から加えた曲で、これによって「ドイツ・レクイエム」が完成形になったという。そこには、「母がその子を慰めるように、わたしはあなたたちを慰める」(イザヤ66:13)というように、慈愛に満ちた神の愛が示され、この曲がドイツ人だけでなく、全人類のために作られていることに改めて気付かされる。
今回の「ドイツ・レクイエム」は、若い音楽家たちによって演奏された。ソプラノは森野美咲氏、バス・バリトンはヨハン・シュラム=リード氏、パイプオルガン奏者は川越聡子氏。オーケストラは東京音楽大学シンフォニーオーケストラ、合唱も東京音楽大学合唱団が務めた。
指揮者のライカー氏は米国出身で、3カ国でオーケストラを創設するなど、これまでも若手のオーケストラを育ててきた実績の持ち主。今回もその手腕が十分に発揮された演奏会となった。あいさつ文の中でライカー氏はこうつづる。「若さを強調したのは、これまで500年もの歴史の人間社会の進歩を振り返った時、これからの未来にもまた、希望があると考えるからです」。「若い頃の演奏の記憶はいつまでも鮮明に残る。聴衆にも同じ体験をしてほしい」
プロテスタントの女性(50代)は感想をこう語る。「来る前に、ルターを紹介するDVDを見てきたので、さらに味わい深く聴くことができました。特に『ラッパが鳴ると、死者は復活して朽ちない者とされ・・・』(1コリント15:52)の御言葉が心に響きました。宗教改革記念日にすばらしい演奏を聴けたことを本当に感謝します」