単立町田バプテスト教会会員の髙橋圭子さんは、3人の子育てに追われる中、教師の夢をあきらめた。しかし、下の子が小学校高学年になった頃、町田市教育委員の保護者枠の公募で教育委員になり、教師ではないからこそできた道に導かれた。
任期8年の在任中、絵本を用いながら自分の子育て体験について語った講演会が評判を呼び、保護者や教育関係者に向けて「大人のためのお話し会」を開くようになったのだ。教育委員を退任してからも、その数はすでに100回以上に及ぶ。その心に響く語りから、教育関係者だけでなく、最近では企業の社員研修などの講演の依頼が来るようになった。
「いつも、自分が聞きたいと思ったことを話しています。大げさなことではなく、誰もが感じることを自分の言葉で話すのが共感を呼ぶのかもしれません」
髙橋さんの生まれは長崎県佐世保市。子どもの頃からの夢だった教師を目指し、大学は教育学部に進んだ。キリスト教に興味を持ったのも大学時代だ。三浦綾子の自伝『道ありき』を読み、クリスチャンの恋人が示した愛の姿に感動して、大学の英語の先生が開くバイブルクラスに参加するようになった。そこで神の存在は分かったが、「自分の罪」というものがどうしても理解できなかった。
大学卒業後、念願の教師となり、伊万里市の中学校で担任を持つことになった。しかし、そのクラスには自閉症と不登校の生徒がおり、まだ新米教師だった髙橋さんは大きな壁にぶつかった。
「ところが、そんな子どもたちを通して自分の本当の姿、自分の罪が示され、この罪のためにイエス様が十字架にかかってくださったのだとはっきり分かったのです」
そして、すぐに大学時代の英語の先生に連絡し、単立伊万里キリスト福音教会(現:伊万里いのちのことばキリスト教会)で洗礼を受けた。
その後、大学のサークルで知り合った人と結婚して上京することに。そのため教師は1年で辞めなければならなくなったが、子どもの頃からの夢をあきらめた髙橋さんの心の内はどんなだっただろう。しかし、神様は髙橋さんにすてきなプレゼントを贈ってくださった。髙橋さんが通うようになった町田バプテスト教会の松本俊雄牧師は、小学校の教師をしながら開拓伝道をしていたのだ。
「教師ということにものすごい親近感を持ち、神様が私のために備えてくださった教会だと思いました」
やがて2人目の子どもに手がかからなくなり、教師に戻ろうと準備を進めていた時、妊娠が分かった。復帰はあきらめ、育児に専念しようと決意したが、出産後は3人の子育てに忙しさはピークに達し、気持ちが不安定になっていった。
そこで髙橋さんは、自分と同じような育児のつらさを抱えている母親がきっといるはずだと思い、教会で子育てサークル「ハンナの会」を立ち上げた。0歳より未就園児の子どもと母親のための育児サークルは今年で19年目となる。
「教師に戻っていたら、このサークルは生まれませんでした。神様の計画は計り知れません」
教師を続けられなかったが、学校とは少しでもつながっていたいという思いから、PTAにも積極的に参加した。絵本の読み聞かせを始めたきっかけも、長女の学校が学級崩壊の危機にさらされた時だった。
「その時は本当に、救われていないと子育てはできないと感じました。子育ての時期ほど、自分の罪の大きさを感じ、自分自身を試される時はないからです。人間がやることなので、完璧な子育てなどあるわけがありません。ただ神様は、命を与えてくださったからには絶対に責任を持ってくださいます」
その後、町田市の教育委員に就任した当時、まわりには学識があり、人格的にもすごい人ばかりが集まっていたため、一主婦である自分に何ができるのだろうかと挫折した気分を味わった。しかし、せっかく選ばれたのだから教育委員としての責任を果たさなければならないと自分を奮い立たせた。そして、自分ができることとして「命の尊さ」を伝えていきたいと考えたのだ。
「子どもたちは、神様から与えられたものです。それを伝えないと、今の子育ては大変です。昔は3世代で子育てを普通に行っていましたが、今は子育てをする保護者が孤立しています。そういう保護者にエールを送りたい。3人の母として子育てをしてきましたが、いつも完璧ではありませんでした。しかし、『それでも大丈夫』と伝えたいと思い、講演会を引き受けました」
構成は、依頼側のテーマに合わせた話をしていく中で、数冊の絵本の読み聞かせを織り交ぜるというもの。また、「講演会」や「お話し会」では、ピアノの演奏が用いられている。会の始まりには、目を閉じてピアノの調べを聴いてもらい、そして静かに語りが始まる。「ピアノの調べで心を柔らかくして、そこに真理の種を大切にそっと置くというイメージです」
いつも髙橋さんは、話す内容を手書きの原稿で用意している。「いまだにパソコンが使えないの」と言うが、原稿の文字には髙橋さんの「伝えたい」という思いがあふれている。また、それは奇跡のような出来事ではなく、ごく普通の内容だが、それでも聞いている人の心に響くのは、それが髙橋さんの真実の言葉であること、その言葉が美しい声で語られるからだ。
髙橋さんは「言葉」をとても大切にする。何より母親が子どもに掛ける言葉がどんなに大切かを、ある時に痛感したという。教会員の婦人の方の葬儀で、その息子が母親に励まされたという話をした。目が細いのを悩んでいた時、母はキューピー人形と日本人形を持ってきて、「あなたの目は日本人形のように美しい」と言ってくれたのだ。彼はその言葉をずっと生涯、大切に思い出しながら生きてきたという。
「親は、子どもが落ち込んだとき、その子の心が温かくなるような言葉を掛けなければいけない。その言葉を思い出したとき、もう一度元気を取り戻せるような言葉を。私はそれまで子どもに喜ばせてもらうことばかり考えていましたが、子どもを喜ばせる親でありたいと本当に思いました」
子育て講演会、命の尊さの授業、絵本の読み聞かせ・・・「髙橋さんにぴったりのものを神様は与えてくれましたね」と言うと、「いつでも今の働きを手放す気持ちでいます」と思いがけない言葉が返ってきた。
「大好きな教師をあきらめたことで、たくさんのことが与えられました。それはすべて神様が用意してくださったことです。私は、今与えられていることを、魂を込めてやるだけです」