クリスチャン作家の下田ひとみさんが、昨年12月、新作『トロアスの港』(作品社)を発表した。2015年に発表した『落葉シティ』(文芸社)から約1年半。前作とは異なり、キリスト教信仰を主軸にした新作となった。
前作出版時には、読者からの熱い要望により、手作りの出版記念会がお茶の水クリスチャン・センターで行われた。出版関係者をはじめ、『落葉シティ』のとりこになったファンらが集まり、完成を祝った。
2016年4月には電子版が配信開始となった。下田さんは、こう話す。
「『落葉シティ』は、今までの私の作品とは全く違う作品になりました。出版から2年がたって、さまざまな反応が私の耳にも入ってきます。『今までの作品とは違うけど、これはこれで好きだわ』と言ってくださる方や、『今までの下田さんの作品の方が好き』と言ってくださる方も。クリスチャンの方々の反応もさまざまでした。著者としては、今までの作品もこの作品もどちらも全身全霊で書いたものです。しかし、意外に思うかもしれませんが、この『落葉シティ』の方が書きやすい作品ではありました」
下田さんの小説には、すべて信仰者としてのテーマがある。自身の体験をもとに描いた小説『うりずんの風』(作品社)のテーマは「祈り」。長編小説となった『翼を持つ者』(作品社)は「赦(ゆる)し」、そして新作『トロアスの港』は「人間の再生」だという。
これらの作品を書き下ろすには、何度も加筆、推敲(すいこう)を繰り返す。編集者とやりとりしながら、自身の描きたい世界を祈りつつ紡(つむ)いでいくのは、たやすい作業ではない。自身の「信仰」を試されていると感じることも。
一方、『落葉シティ』は、そこに住む人々の日常と非日常をつづったストーリーで、登場人物は老若男女とさまざま。この不思議な街の中にある人間模様に魅了された読者も多い。
ファンの1人がこのほどホームページを開設した。この本を読んだ人、読もうとしている人同士がホームページを訪れ、余韻を楽しんだり期待を高めたりする場になりそうだ。
「『落葉シティ』へ旅をするように、このホームページを訪ねてくださったら、うれしいです。私はこうしたインターネットのことに関しては無頓着で、まったく分からないのですが、ファンの方がこうやって本を愛読してくださり、このように『交流』する場を作ってくださったことは感謝ですね。『落葉シティ』の魅力が、皆さんの手によってさらに深まるのでは」
ホームページを開くと、風情ある街の写真が目に入る。これもファンの1人が撮ったもの。「落葉」に限らず、四季折々のどこかの街の写真から本の登場人物が飛び出してきそうだ。
「本を通して多くの人々と出会ったことに感謝している」と話す下田さんは、2016年5月に渡米、ケンタッキー州にあるルイビルとレキシントンの2つの教会で証しをする機会があった。『うりずんの風』を教会で回し読みしていたというレキシントンの教会。またケンタッキーの州都ルイビルの教会でも、在米日本人の女性らが下田さんの話に感慨深く耳を傾けた。
初めて訪れる米国では驚くことばかりだったが、この経験は帰国直後から下田さんの執筆活動にも大きく影響した。ここで見たもの、聞いたことが、下田さんの感性を通して著作となったのが、昨年末に発表した『トロアスの港』だ。
同作はすでに23年前に書き始めていたが、何度も推敲を重ね、校了直前まで何度も書き直した。原稿を書いている時に下田さんの心をリラックスさせ、筆を進ませてくれるのは音楽。ロックからクラシックまで、さまざまなジャンルの曲を聴くが、同作執筆中はベートーベンの「月光」をよく聴いたという。
現在は、鎌倉に住む下田さん。文学の香り漂う鎌倉は、執筆活動にも適しているのだろうか。
「鎌倉と言えば、神社仏閣。引っ越してきた時は、霊的にこの街はどうなのだろうと思いました。しかし、作家さんも多いので、同業者の集まりみたいなものは多いようですね。私の場合は、憧れて住んだとか、そういうことではなくて、たまたま鎌倉だったということでしょうね。都内に出るには少し遠くて不便ですが、良い街ですよね」
文学の街・鎌倉と「落葉シティ」。どこか似ているように感じる。