友情は大切だ。友と一緒であれば、1人よりもいろいろなことができるし、大きなことを成し遂げたり、より確かな意思決定をしたりすることができる。実に、友を持つことは素晴らしいことだ。
しかしながら、友を持つことそのものよりも重要なことの1つに、正しい友を持つ、ということがある。全ての友人があなたのために良いとは限らない。中には、自分1人であれば絶対やらなかったような悪いことを、その友の影響でやってしまい、後悔する結果になるということもある。
また、あなたの友として接してくるが、実際にはあなたから何かを得ることが目的の人もいる。こういう人は、あなたと仲良くするための計略を持っている。では、あなたはこのような人たちと、正しい友を見分ける方法を知っているだろうか?
正しい友とは?
私は、「友人なんて全くいない方がいい」というくらいにまで、友情について懐疑的で慎重であるよう勧めているわけでは決してない。しかし、友情があなたにとって良いものでないならば、そんな友情は持たない方が良いということは真実なのだ。
聖書は、間違った人たちと友情を持つことに対し、私たちに警告している。正しい友は、神や他の人とのあなたの関係においてあなたを助けることができる。だが間違った友は、時間をかけてあなたを枯渇させ、あなたがそうと知らないうちに、あなたを利用することができるのだ。
ではここで、正しい友と間違った友を吟味し、前者を選ぶのに役立つ聖書の箇所を幾つか紹介していこう。
間違った友を持つことについて
1. コリントの信徒への手紙一15章33節
思い違いをしてはいけない。「悪いつきあいは、良い習慣を台なしにする」のです。
2. 箴言22章24、25節
怒りやすい者の友になるな。激しやすい者と交わるな。彼らの道に親しんで / あなたの魂を罠(わな)に落としてはならない。
3. テモテへの手紙二3章1~5節
しかし、終わりの時には困難な時期が来ることを悟りなさい。そのとき、人々は自分自身を愛し、金銭を愛し、ほらを吹き、高慢になり、神をあざけり、両親に従わず、恩を知らず、神を畏れなくなります。また、情けを知らず、和解せず、中傷し、節度がなく、残忍になり、善を好まず、人を裏切り、軽率になり、思い上がり、神よりも快楽を愛し、信心を装いながら、その実、信心の力を否定するようになります。こういう人々を避けなさい。
4. ヤコブの手紙4章4節
神に背いた者たち、世の友となることが、神の敵となることだとは知らないのか。世の友になりたいと願う人はだれでも、神の敵になるのです。
あなたの友人を賢く選ぶことについて
5. マタイによる福音書7章15~20節
偽預言者を警戒しなさい。彼らは羊の皮を身にまとってあなたがたのところに来るが、その内側は貪欲な狼(おおかみ)である。あなたがたは、その実で彼らを見分ける。茨(いばら)からぶどうが、あざみからいちじくが採れるだろうか。すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。良い木が悪い実を結ぶことはなく、また、悪い木が良い実を結ぶこともできない。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。このように、あなたがたはその実で彼らを見分ける。
神との友人関係について
6. ヨハネによる福音書15章13~16節
友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。もはや、わたしはあなたがたを僕(しもべ)とは呼ばない。僕は主人が何をしているか知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼ぶ。父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせたからである。あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。
神と友人関係にあることの恵みについて
7. 詩編1章1~3節
いかに幸いなことか / 神に逆らう者の計らいに従って歩まず / 罪ある者の道にとどまらず / 傲慢(ごうまん)な者と共に座らず 主の教えを愛し / その教えを昼も夜も口ずさむ人。その人は流れのほとりに植えられた木。ときが巡り来れば実を結び / 葉もしおれることがない。その人のすることはすべて、繁栄をもたらす。