日本全国の教会建築がカラーで味わえる『日本の最も美しい教会』(エクスナレッジ)。そこが確かに「聖なる空間」であることが、光と影の絶妙なバランス、色彩感覚によって見事に写し取られている。
撮影したのは鈴木元彦さん(35)。若きクリスチャン美術家だと聞き、彼が生まれ育った日本基督教団東京信愛教会(東京都新宿区)を訪ねた。
地下鉄・都営大江戸線に乗って新宿西口駅から数分。若松河田駅から歩いてすぐのところに教会はあった。「こんにちは」とあいさつすると、玄関横の事務室から「どうぞ」と元気な声が返ってくる。鈴木さんに案内されて2階の礼拝堂に上がる。築27年というが、窓から光が差して、とても穏やかな雰囲気だ。
先ほどの声の主は父親の鈴木武仁(たけひと)牧師。賀川豊彦の精神を受け継ぎ、地域に根差した活動をするかたわら、日本福音学校理事長など、超教派の働きにも精力的に関わっている。
「誰でも礼拝堂に入れるよう、うちの教会はオープンにしています」と鈴木さん。特にプロテスタントの場合、平日は礼拝堂を開放しないところが多いが、気安く迎え入れてくれるところにも、地域に開かれた教会としての心意気が感じられた。
鈴木さんは1981年、5代目のクリスチャンとして生まれた。洗礼は15歳の時。教会と牧師館が隣り合い、また牧師の息子でもあるので、中学時代までは礼拝に出ていたが、大学の時に離れた。そんな鈴木さんが教会に戻ってきたのは、大学在学中に起業したネットショップで大きな成功と挫折を経験してからだ。
「高校・大学で建築を学び、その後、有名なデザイナーや建築家の手がけた厳選された家具や雑貨を扱うネット通販会社を立ち上げ、年商2千万までにしました。しかし、2008年のリーマンショックで資金繰りが悪化し、休業せざるを得なくなったのです」
翌2009年、鈴木さんは多摩美術大学大学院に入った。教会堂建築を数多く設計し、『教会堂建築―構想から献堂まで』(新教出版社)の著者でもある田淵諭教授のもと、子どもの頃から自分のすぐそばにあった「聖なる空間」について学び直すことにしたのだ。この恩師のことを鈴木さんは、「深い闇を歩いていた私に、光の魅力について指導してくれた」と話す。
在学中の2012年、鈴木さんはフランスやドイツなどにある修道院を巡り歩く旅に出た。そこで、簡素な石の柱と壁と天井で構成されたル・トロネ修道院に出会い、魅せられたという。数日間、修道院に滞在し、朝から夕方まで祈りをささげていると、刻々と光の差し方が変化していく。朝方の光による強い導きの空間から、正午の光による柔らかく慈愛に満ちた空間へ。その時感じた「聖なる光の空間」をなんとか伝えたいと、鈴木さんはカメラのシャッターを切り続けた。
そして、それを多くの人に見てもらおうと、「光と祈りの空間」と題した初の個展を開催する。
「作品を見て涙を流してくれる人や、朝、けんかをしていたけど、仲直りしようと思ってくれたご夫婦もいました」
それは『光と祈りの空間―ル・トロネ修道院』(サンエムカラー)という写真集でも見ることができる。
翌2013年、長い歴史を持つ日本最大の公募展「国展」に、ロンシャンの礼拝堂を撮影した「光の回廊」を初出品し、入賞。そして、博士課程を修了した次の年には、シルヴァカンヌ修道院を撮った「光の静寂」でなんと最高賞である「国画賞」を受賞するのである。この受賞は、3年間該当者なしの快挙だった。
「I want to convey light.(私は光を伝えたい)
The light is glory, mercy, peace.(光は栄光、憐れみ、平安)
The truth of light is love.(光の真実は愛)」
鈴木さんのウェブサイトを開くと、まずこの言葉が目に飛び込んでくる。「彼は・・・光について証しするために来た」とバプテスマのヨハネを紹介するヨハネ福音書の冒頭の言葉と響き合うことにお気づきの方も多いだろう。鈴木さんは現代のヨハネと言えるかもしれない。
今後、鈴木さんは、早く一級建築士の資格を取って、自分の生まれ育った教会の新会堂を設計したいという。その「聖なる空間」にはどんな光が満ち溢れているだろうか。