「そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです」(ローマ5:3~5)
「あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます」(Ⅰコリント10:13)
「自分が借金の重圧で苦しみ、その重圧にやられていく中で、神様は『試練を与え、その艱難は忍耐力を生み出す』と教えてくれました」。久世さんはプライドが砕かれ、「得意と思っていた商売で躓(つまず)かせ、本当の喜びを知るために、神様は『試練』を与えてくださった」と語った。「試練、そして希望、それは失望には終わらないという聖書の言葉に感銘を受けました。これは神様のご計画のうちだと感じました」
聖書の言葉を通して久世さんは、「試練はどの人でも過去において経験していること。耐えられない試練はない。脱出の道がある」と受け入れた。人生に絶望し、終わりだなと思っていたので、素直に信じることができたという。久世さんは、この日を境に「新しく変えられた」のだ。
まゆみ夫人が集っていた長野の教会(セブンスデー・アドベンチスト)に一緒に行きたいと久世さんは頼み、洗礼を受けた。「本当に真面目な教会で多くの祈りと賛美をささげていました。年配の方や耳のご不自由な方がおられたのですが、すごく優しくしてくれました」。ほっとできる場所だったのだ。
全てをオープンにできた久世さん
「今年はいよいよ経営が厳しいかもしれない」。久世さんは、「社員には全てをオープンに話しました。このままでは、銀行から見放されるかもしれない。助けてほしい」
企業の経営者が社員に頭を下げたのだ。一般的になかなか考えられない展開かもしれない。「初めて社員の前で弱音を吐きました。本当のことを言えました」
まゆみ夫人は「あなたが、よれよれの時に私に頼ってくれたことがうれしかった」と喜んでくれたという。久世さんは「深く悔い改めました。神様が自分の魂を砕かれ、神様を求める謙虚さを与えてくださいました。これが神様の計画だったのです」。「心底打ちのめされて謙虚になれたのですね」と、ほほ笑みながら当時を振り返った。
久世さんは今では想像ができないが、「ワンマンな社長だった」と告白する。「この経験を通して感謝する言葉、労(ねぎら)いの言葉が分かるようになりました。人を信じて頼ることも学びました」。当時の自分を「最悪なパターンの経営者だった」と言い、「私が弱みを見せれば社員は皆、辞めてしまうと思い込んでいました」。
社員に素直に話せたことで、「社員たちは自分の番だと頑張ってくれました。むしろ信頼されていないことが寂しかったそうです」。久世さんはまゆみ夫人に迷惑を掛けられないと、偽装でいいから離婚してほしいと3度も頼み込んだ。「あなたを信頼して結婚した。だから、支えたい」と怒られたという。こうして社員は辞めることなく一丸となり、サンクゼールは大きく発展をしていく。感動のドラマだ。
エンジェルのような存在が現れる
こうして久世さんはクリスチャンとなり、借金の重圧から、聖書の言葉を信じて解放されたのだ。
久世さんに不思議な出来事が起きる。これを「エンジェル(天使)との出会い」と語った。1998年、長野冬季オリンピックの公式ライセンス商品となった「サンクゼールのジャム」は大ヒットし、国内のコンビニでも販売された。そんな中、仕事として一息ついた2000年ごろの話だった。「突如、2億5千万円を出そうと言うエンジェルが現れたのです」
米国で事業に成功したSさん夫婦は、次男のバイト先だった寿司屋の常連客だった。久世さんはビジネスが大変だと1度も話さなかったが、ある日、自宅に招かれたという。
Sさんの家に呼ばれ、「経営が大変だと聞いたのですが、どうですか? あなたに2億5千万円を出すことに決めました」。それを聞いた久世さんは、すぐにまゆみ夫人に電話で報告した。サンクゼールで経理を務めるYさんは、「なぜ、久世社長にお金を出してくださったのですか」とひそかに聞いたことがあるという。
Yさんは、Sさんが過去に大変苦労し、オイルショックで自身の家も親族の家も貸し剥がしに遭ったと、Sさんの妻から聞いたという。「つらい経験を通し、同じにおいを感じてくれたのではないでしょうか」と、久世さんは感謝の思いで語った。
サンクゼール・チャペルを建てる
久世夫妻は、当時テレビ番組「ハーベスト・タイム」を制作していた伝道団体「ハーベスト・タイム・ミニストリーズ」の中川健一牧師と出会い、礼拝の意味について深く学ぶことになる。2人は神学校に通った。2000年には「ハーベスト・タイム」に夫婦そろって出演している。
久世さんは、まさしく「変わった」。社員たちに「神様を中心に仕事がしたい」と告げたのだ。「社長はおかしくなってしまったのではないか」(『サンクゼール物語』より)。社員たちはそう思ったという。
2人は自分たちの家で礼拝を始め、会社の会議室に移ってからは友人や社員も集うようになり、その場所は「サンクゼール・チャペル」と呼ばれるようになった。久世さんは、レストランが隣接する美しいサンクゼールの丘の上にチャペル(教会堂)を手作りで建てた。
チャペルは、白を基調としたイスラエルのガリラヤ湖畔にある「パンと魚の奇跡の教会」をモチーフに設計された。「自立と共生」をキーワードとした理念に基づく「長野聖書フォーラム」(サンクゼール・チャペル)として毎週日曜日に礼拝をささげている。