宗教法人「小牧者訓練会」(国際福音キリスト教会)の牧師、卞在昌(ビュン・ジェーチャン)氏のセクハラやパワハラに関する一連の民事訴訟は、最高裁がいずれの上告も棄却し、卞氏のセクハラ行為を認めた判決が確定したことで幕を閉じた。明るみになってから8年にも及ぶ事件が法的に決着したことを受けて、元信者側の代理人弁護士や支援団体関係者らが20日、都内で記者会見を開いた。会見には、セクハラ被害を受けた原告女性1人も参加し、初めて公の場でその胸の内を語った。
会見に臨んだのは、被害者の裁判を支援する「モルデカイの会」代表の加藤光一、日本基督教団葦(あし)のかご教会牧師の坂本兵部(ひょうぶ)、被害を受けた女性の救出と癒やしを目的とする「Faith of Ester」(FOE)代表の毛利陽子、代理人弁護士の齋藤大(まさる)、沖陽介の各氏、そして原告女性4人のうちの1人であるCさん。
一連の訴訟では、元信者の女性4人がセクハラ被害を、元信者の男性1人がパワハラ被害を訴え、逆に卞氏と教団は、元信者や支援者らを名誉毀損で訴えた。会見ではまず、齋藤氏が、これまでの民事訴訟全体について、「宗教団体内でセクハラの被害が起きた際に、裁判での解決も、キリスト教の教えに反しない、むしろ被害を最小限に抑えるためには選ぶべき手段であることを知ってもらう先例となる、大変意義のある裁判だった」と総括した。
齋藤氏は、クリスチャンの中には教会内の問題を、警察の介入や裁判という教会外の方法で解決することに強い抵抗を覚える人が多い点を指摘。元信者らがそういった葛藤を乗り越え、教会内で解決できない違法行為について、一般社会と同じように法的な責任を追及するという姿勢を最後まで貫いたことを、「勇気あふれる行為」と評価した。また、目撃者のいない密室での事件という立証の難しいセクハラ行為が認められたのは、多くの関係者の客観的な証拠資料の提供あっての結果であるとし、長年にわたって保たれた力強い協力関係に感謝の意を表した。
加藤氏も、一連の民事訴訟を振り返り、「ある意味で閉鎖的となりやすいキリスト教会に警鐘を鳴らす。心理的に抵抗できない状況での事件の大いなる先例になる」と話した。特に、今回被害を受けた女性は全員成人であり、繰り返しセクハラを受けていても、卞氏に親和的な態度を取っていた。そのため、同意の下での行為であると判断され、被害自体が認められないままに終わってしまう可能性が高かった。
しかし裁判の過程で、教団の権威主義的教会運営が事件発生のメカニズムであると解明され、女性らが「一種のマインドコントロールの下にあった」ことも指摘された。加藤氏は、元信者側からは一切出てこなかった「マインドコントロール」という言葉が、判決文に記されていたことを「驚きを隠せないほど、非常に画期的なこと」と述べ、その意義を強調した。
卞氏は現在も、教団の主任牧師として講壇に立ち、説教をしている。加藤氏によると、主任牧師に絶対的に従順する教団の体制は今なお続いており、教団を離れた被害女性らや、それを支援する関係者らを「悪魔(サタン)の働きである」としていると語った。
これまで、訴訟に関する取材を一切受けてこなかったが、最後に自分の言葉で伝えたいと、原告の1人であるCさんが直接コメントを読み上げた。裁判の結果を心の底からうれしく思うと言うCさんは、声を上げることこそが使命だと神に語られ、8年間闘い続ける上で心の支えになったというエステル記の御言葉を分かち合った。一方、裁判が終わった今は、「悔い改めよ。天の国は近づいた」とイエスが語る、マタイによる福音書4章17節から、「まだ自分の使命は終わっていないと感じる」と語った。
Cさんは、罪を認めない卞氏や教団を赦(ゆる)せていない自分に気が付き、神がCさんに赦すことを求めていると悟った。「(卞氏や教団が)悔い改めなくても、赦します」と祈ったとき、それまでの葛藤、全ての鎖から解放され、本当の自由を得たという。
「悔い改めなさい」というメッセージを発する使命を感じているCさんは、卞氏に「憐(あわ)れみの手を差し伸べてくださる神様の愛を無視せず、悔い改めてほしい」と訴え、同じような被害に苦しんでいる女性たちに対して、「神様は、救いの道を開いてくださる。痛みは必ず祝福へと変わる」と励ましの言葉を述べた。
原告5人の思いはそれぞれ異なるが、「セクハラ裁判の原告4人はいずれにしても裁判の結果に安堵(あんど)し、個人的な恨みを超えて結果を受け止めている」と加藤氏は話す。パワハラ裁判で敗訴した元信者の男性はまだ心の整理がついておらず、「今は失意のどん底。本当に悔しくてたまらない」とするコメントが代読された。だが、教団を離れた後も、5人全員が新しい教会を見つけ、イエス・キリストからは離れることなく信仰生活を守っているという。
モルデカイの会は、裁判の支援を目的に活動してきたが、裁判の資料を公開しているホームページはアーカイブとして存続させ、今後も引き続き積極的に発言していくという。特に、卞氏・教団側を擁護する発言をしてきた人物に対し、説明責任を果たすよう求めていくという。
卞氏・教団側は、最高裁の決定を受けても代理人弁護士の連名で、「今回の一連の件は、ビュン氏としてはまったく事実無根のことであり、民事の判決が確定したとしても、真実は何かという点においては変わりはない」と、卞氏の無罪を主張する声明を発表している。
卞氏は2010年、被害女性4人のうち1人に対して乱暴した容疑で準強姦(ごうかん)罪で起訴されたが、その刑事訴訟では無罪が確定しており、卞氏・教団側はそれを一つの根拠としている。齋藤氏は、刑事訴訟と民事訴訟は判断の構造が異なることを説明し、刑事訴訟の判決を引用して反論することは、「怒りを超えてあきれてしまう」と、卞氏・教団の代理人弁護士に対しても疑問を呈した。なお、卞氏・教団側に支払いが命じられた賠償金については、既に遅延損害金込みで支払われているという。