イラク北部の都市モスルで先月29日、カルデア典礼教会のパウロス・ファライ・ラホ大司教(65)が、武装集団によって拉致された。大司教は教会を出て車に乗ったところを襲われ、同乗していた運転手と警護2人は殺害された。地元司祭の話によると、犯行グループらは大司教の解放と引き換えに多額の身代金を要求しているという。
キリスト教の迫害情報機関である「コンパス・ダイレクト・ニュース」によると、事件は同日夕方5時半ごろ発生。当日は受難節の金曜日ということもあり、ラホ大司教は信徒らと共にキリストの受難についての祈りを捧げた後、自宅に帰宅するところであった。大司教は事件前日にも自宅への攻撃を受けており、自宅の一部を破壊されていた。その際、大司教は犯人から金銭の要求を受けていたが、拒否していたという。
ナジェビ・ミカイル司祭は同情報機関に対し、今回の事件によってイラク中のキリスト教徒が不安に襲われていると語り、犯行グループから受ける継続的な圧迫によってラホ大司教の体調が思わしくない状態にあることを伝えた。また、「彼ら(犯行グループ)は金を欲しがっている。しかしまた、彼らはモスルのキリスト教徒すべてに打撃を与えたいのだ」と、今回の事件がキリスト教徒に対する迫害行為のなにものでもないことを訴えた。
事件を受けてローマ教皇ベネディクト16世は2日午後、ラホ大司教のために深い憂慮を示し、カルデア典礼バビロニア総大司教エマヌエル3世デリー枢機卿らの呼びかけに一致し、大司教の一刻も早い解放を求め、殺害された犠牲者3人の冥福を祈った。
モスルでは今年、「御公現の祝日(エピファニ)」である1月6日に、教会や修道院など少なくとも7つの建物に対して攻撃が加えられ、負傷者が出る事件が発生している。
スタファン・デミストゥラ国連特使は声明で、「何世紀にもわたってイラク北部で平和的に暮らしてきた人々に対して攻撃が続くことは恐ろしいことだ」と述べ、同国政府に対して国内の少数民族保護を強化するよう一層の努力を求めた。
イラクのヌーリ・マリキ首相はデリー枢機卿に向けて「深い悲しみと嘆き」を表明し、4日に出された声明では「内相と(事件が発生した)ニネヴェ州のすべての治安当局者らに対して、事件の捜査を行い、(ラホ大司教の)早急な解放のために全力を尽くすよう命じた」としている。
イラクのキリスト教徒は人口の約3%とされている。03年の米国による攻撃によってイラク国外への避難を強いられ、現在は攻撃前の半数にまで減少しているという。また、同国において政治的、軍事的な権力がないため、特に脆弱な少数派となっている。そのため、現状以上の保護が講じられない場合、イラクに在住するキリスト教徒が殺害や強制移住などによって根絶してしまうのではないかとも危惧されている。
デリー枢機卿は同国のカルデア人キリスト教指導者で、昨年10月にベネディクト16世が新たに任命した枢機卿23人のうちの1人に選ばれた。マリキ首相は同10月、同枢機卿の要請を受けて、キリスト教徒を保護、支援する約束を発表している。