あれから一年がたつ。後藤健二さんが旅立ってしまったあの日から。眠れない日々が続いたあと、あの知らせを聞いて感情が吹き飛んでしまった。
内臓がわしづかみにされ、心の隅まで真っ黒に染まるほどの憤り。視野が薄暗くなって耳鳴りがするほどの悲しみ。何かをむちゃくちゃにぶち壊したくなるような衝動。そして、息をするのも嫌になるような絶望感。
どれも、今まで感じたことのないものだった。なぜこのような不条理な死が存在するのか、なぜ憎悪が連鎖反応を起こしてエスカレートしていくのか、問い続けた。
戦場の論理、政治の言葉で説明できることもある。貧困や格差など社会の言葉で解釈できることもある。しかし、いずれも起きていることの表面をなぞるだけで、その底にあるものに触れることはできないままでいる。このままでいいのだろうか。
本当にこの恐怖と憎悪の連鎖を断ち切ることができるのか、われわれは試されている、と感じる。毎日のように虫けらのように殺される罪もない人々、行き場を失ってさまよう難民、虐げられる子どもたち。われわれの社会でも、もはや当たり前のように横行する暴力、言葉による攻撃、後ろから刺されるように監視し合う目。暴力に晒(さら)されていると、自然に自分を防御せねばならなくなる。心を閉ざして非寛容にならざるを得なくなる。このままでいいのだろうか。
人間なんてどうせ殺し合う生き物だ、人類の歴史は殺し合いの歴史だ、だからどうしようもない、という声も聞く。確かにわれわれは生き物だ。生き物のルールは生き残ること。他の命を奪ってでも生きること、それが命の掟(おきて)だ。だからヒトはその存在の初めから、命を奪いながら生き残ってきた。
しかし、同時にあまりに苛酷な命の奪い合いではなく、助け合うことにより、命を全うする生き方も学んできた。群れを作り、コミュニティーを作り、ルールを作り、お互い助け合って暮らしてきた。
人間はCompassion、同情心、慈悲の心を育ててきた。命への思い、それを大切にし合いたいという気持ちがある。助け合うことで生き延びてきた人間の記憶がそうさせる。助け合い、命をつなぐことで、ヒトは人間になっていった。
ヒトは生き物としての本能を持ち、人間の心も持つ。本能と心を何とかうまくつないで、バランスを保ちながら発達してきた。しかし、本能と心では必ず本能が勝つ。本能のほうが、根が深い。しかし、だからといって心をないがしろにしては、人間が何百世代にもわたって築いてきたものを打ち捨てることになる。
「生きるために助け合うこと」と「生きるために奪い合うこと」はいつも同時に人間の中にある。それが「寛容」と「不寛容」、「希望」と「恐怖」のせめぎ合いを生んできた。「理想」と「現実」は常に矛盾し、ぶつかり合いながら存在してきた。しかし、それを乗り越えねば生き残れないという経験から、心が発達し、知恵がつき、ヒトは人間になっていった。
希望だけでは生きられないかもしれない。しかし、恐怖だけではもっと生きられない。あの恐怖と悲しみの日々から私を立ち上がらせてくれたのは、紛れもなく「希望」だった。家族に救われ、友人に励まされた。世界に広がる仲間の存在が、われわれを一歩ずつ前進させた。
不条理な死から何を学ぶのか。問い続けるしかないと思っている。
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