今年夏のユネスコ世界文化遺産本登録への期待が高まる「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」。本登録を前に広く長崎県の魅力を伝えようと、長崎県および一般社団法人長崎県観光連盟は17日、「“ひかりと祈り 光福の街 長崎”への誘い」と題した講演会を東京都千代田区の聖イグナチオ教会ヨセフホールで開催した。長崎をこよなく愛し、知り尽くした3人の講演者が、同資産の背後にあるストーリーや県内各地に息づく「祈りある暮らし」について、この日集まった約180人を前に話した。
長崎に鳴り響く教会の鐘を合図に始まった講演会。最初に登壇したのは、長崎の教会群をテーマに写真を撮り続けている兵庫県出身の写真家・松田典子さん。長崎を「第二のふるさと」と話す松田さんは、共同通信社を通じて全国配信した「写心巡礼」シリーズから、五島列島の教会や信仰と共に暮らす人々を紹介した。親から子、孫へと信仰が受け継がれていく様子や、小さな教会を守るおばあちゃん、教会に集う海のような澄んだ瞳の子どもたち、シンプルな暮らしを守る修道院のシスターたちの素顔などを写した写真は、どれも温かみと優しさに溢れていた。
これらの写真は、特別な許可を得て修道院で1カ月暮らすなど、松田さんが地元関係者との深い信頼関係をはぐくみながら撮影したものだという。松田さんは「長崎にはたくさんの宝物がある。その中で一番の宝物は『人』です」と伝え、「シンプルで幸福に満ちた素晴らしい出会いをもらった」と話した。最後は、ベールを頭にかけ、黒いつぶらな瞳で祭壇を見つめ、祈りをささげる、一人の女の子の写真が映し出された。「小さなマリア様の祈りで、私の写真講演を閉じたいと思います」
日本二十六聖人記念館館長のデ・ルカ・レンゾ神父は、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産“奇跡の物語”」と題して、同資産の背景にある長崎独自のキリスト教の歴史について、貴重な資料を紹介しながら語った。その中で、初期の宣教師が、日本人が親しみを持てるよう漫才風に説教をしていたことや、ザビエルが来日してから50年もたたないうちからすでに、現地の言葉で祈りがささげられていたことなど、伝来時の興味深いエピソードを披露した。
長崎にキリスト教がもたらされたのは1549年。キリスト教文化は早い時期から、キリスト教を知らない人たちにも広く受け入れられていたという。レンゾ神父は、そのハイライトがローマへの渡航を果たした「天正遣欧少年使節」だと述べた。彼らの記録は、ヨーロッパの各地で残っており、その高い言語力と知識力は、ヨーロッパでの日本のイメージを高めるのに、大いに役立ったという。また帰国の際に持ち帰った書物の中には、「殉教の勧め」「殉教の心得」などが書かれており、1867年の「浦上四番崩れ」の時に、こういった書物が出てきたと話す。
禁教の時代、日本に神父が完全にいなくなる中、潜伏キリシタンは、五島などに集落を作り、「お掛け絵」などを置き、信仰を守ってきた。弾圧時における彼らの救いとなっていたのが、「心からの痛悔があれば赦(ゆる)される」という教えだ。例えば、踏み絵など、外から見ればキリスト教を捨てる行為に対して神父から赦しの秘跡を受けることができない信徒たちにとって、心の支えになっていたという。レンゾ神父は、今も中江ノ島などに伝わる、ミサを擬した儀式を紹介した。禁教時代には、こういった儀式がキリスト教とは関係ないように行われていたが、現在でも潜伏キリシタンとのつながりが消えないように儀式を続けている。レンゾ神父は、この地域ではキリスト教が土着化していると話す。
1865年の大浦天主堂での「信徒発見」は、世界中のキリスト教関係者に驚きと感動を与えた。その後、信徒たちは、「祈りの家がほしい」と心を一つにして、貧しさの中でも教会堂を作っていったという。さらに、原子爆弾が落とされて以降の様子にも触れ、「長崎にずっとつながってきた信仰の意識、一つの文化、また日本人にしかあり得ない独特な思いといったものが、同資産を目に見えない形で取り巻いていて、この『目に見えないもの』こそが、一番大切なものだ」と、世界文化遺産登録の意義を語った。そして、「皆さんも長崎を訪れたときには、どういう心で教会が建てられ、どういう思いで先輩たちが祈り続けてきたかを意識した上で見ると、教会も全く違う、もっと深い意味を持ったものとして見えてくるのではないか」と語った。
この日は、NPO法人長崎巡礼センター事務局長の入口仁志さんも講演を行った。同センターは、長崎県内にいる約30人のガイドとネットワークを組み、巡礼地を訪れる人々に、その背景にある歴史、そこに生きた人々の足跡を伝え、真の感動を体感してもらえるよう活動を続けている。「『ながさき巡礼』への誘い」との主題で、長崎の知られざる魅力を、ユーモアを交えながらたっぷり語った。
長崎には130の教会が点在する。入口さんは、「私は長崎にある全ての教会が世界遺産だと思っています」と話し、十数年前に五島列島にある教会を訪れたときに、夜、小さな木造の教会堂でお祈りをしているおばあさんを見て「この仕事はやめられないと思った」と、長崎の教会で体験する「小さな出会い」の素晴らしさを語った。「弾圧を乗り越えてきた、世界に誇れる長崎のカトリック教会の歴史と、自分の孫やひ孫がお祈りできる教会を建てたいという信徒の思いが重なったのを見たときに、長崎を訪れてよかったと思えるのではないか」と話した。
講演会に参加したカトリック信徒の女性は、「神様が備えてくださる信仰の強さに感動した。ぜひ長崎を訪れ、先輩たちが紆余曲折の歴史の中で守ってきた教会を見てみたい」と感想を語った。