先月、正式にユネスコに世界文化遺産登録の推薦書が提出された「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」。構成資産の原城跡と日野江城跡がある長崎県南島原市は、「平成遣欧少年使節」として、4人の中学生をイタリアとバチカンに派遣した。
1580年、イエズス会巡察師ヴァリニャーノにより、日本で初めての西洋学校「有馬のセミナリヨ」が同市に設立された。そこで学んだ生徒のうち、伊東マンショ、千々石ミゲル、中浦ジュリアン、原マルチノの4人が、1582年に日本初の欧州派遣団「天正遣欧少年使節」として、ポルトガル、イタリア、スペインなどに派遣され、極東の「日本」を欧州に知らしめた。
同市では、2011年度からセミナリヨの生徒と同年代の市内の中学生を対象に、セミナリヨ授業再現を行っている。当時の少年たちと同じ日程で、ラテン語や西洋音楽、茶道を1泊2日で体験するもので、その受講者の中から面接・作文試験によって選ばれた4人が今回、天正遣欧少年使節の目的地であったイタリアに派遣された。使節の偉大なる功績を再認識し、国際交流・国際理解について見聞を広めるとともに、南島原市を全国に発信する狙いがある。
4人の中学生は、先月25日から9日間の日程で、イタリアのローマ市にあるジェズ教会やラテラノ大聖堂など、天正遣欧少年使節が訪れた場所を視察したり、ヴァリニャーノ出生の地であるキエーティ市に桜の苗木10本を植樹したりし、ホームステイや中学校訪問で両市の交流を深めた。キエーティ市からも今年秋頃に南島原市訪問の希望が上がっており、両市の姉妹都市締結に向けた取り組みに大きく弾みがついた。
また、先月28日には、ローマ教皇フランシスコの一般謁見(えっけん)に、当時のセミナリヨの規則に倣った帷子(かたびら)姿で参列した。派遣は今回で3回目だが、教皇と直接の対面を果たしのは今回が初めて。南島原市で学んだ生徒としては、天正遣欧少年使節が1585年3月23日に当時の教皇グレゴリオ13世に謁見して以来、実に430年ぶりの出来事となった。中学生たちは教皇に教会群の世界遺産登録推進と長崎への来県依頼を直接手渡した。
帰国した中学生たちは6日、市役所で松本政博市長に報告をしたが、教皇との対面が非常に印象的だったようで、「ローマ教皇に謁見し感激した」「ローマ教皇の手のぬくもりを感じた」「ローマ教皇は天正遣欧少年使節のことを御存じであり驚いた」と話した。また、「『長崎の教会群とキリスト教関連遺産』の世界遺産登録推進に向けた活動に協力したい」「地元南島原市が歩んだ歴史を再確認した。今後も広めていきたい」と、意欲的な姿勢を示したという。