難民・移住労働者問題キリスト教連絡会(難キ連、東京都台東区)は7日、東京都千代田区の雙葉学園幼きイエスの会ニコラ・バレで「シリア難民受け入れに関して私達が知るべき『中東情勢』」と題してセミナーを開いた。
このセミナーで講師を務めた宗教学者でカトリック信徒の久山宗彦(くやま・むねひこ)氏(群馬医療福祉大学特任教授、カリタス女子短期大学前学長)は30人近い参加者に対し、「シリア難民の反抵抗・反敵対に根ざした世論を活用しての、能動的な反暴力の避難という生死をかけての行為を、私たちは宗教・民族・言語・文化等を越えて、温かく受け入れようではありませんか」と呼び掛けた。
久山氏は、この「能動的な反暴力の避難」について、シリア難民は「積極的に避難している。消極的にどこかへ逃げて行っているという意味ではない」と強調した。
エジプトのカイロ大学文学部日本学科客員教授で『コーランと聖書の対話』(講談社現代新書、1993年)など多くの著書がある久山氏は、「シリア難民の避難は聖家族の避難と重なる」と指摘し、新約聖書のマタイによる福音書にある、ヘロデ王による2歳以下の幼児に対する殺害を逃れてマリアとヨセフが幼子イエスを連れてエジプトへ逃れた旅に言及した。
「神の子と呼ばれているのだから、ヘロデ王がそんなことをやろうとしたら、それに対して打ち負かすことだって当然できただろうけれども、聖家族はそういう態度は一切とられなかった。要するに、積極的にエジプトへの避難の旅をした。ヘロデ王に悪いことをさせないということでもあり、消極的に逃げ隠れた避難の旅ではない。積極的に平和へもっていく、相手を赦(ゆる)すということのためには、自分たちが積極的に逃れていく態度を示された。これは現在のエジプトのコプト教会の一番ベースにある」と久山氏は語り、敵を愛し、敵を赦すことが、この避難の旅にも表れていると説明。「コプトの考え方は、報復したいという自らの欲求と闘うことだ」とも述べた。
その旅の意味は、「それが真の平和への出発だということである」と久山氏は述べ、それをマッカ(メッカ)からマディーナ(メディナ)まで、イスラムの預言者ムハンマドとその仲間が避難していったヒジュラ(聖遷)と比較した。
久山氏は、イスラムにおけるジハードは「神様のために自分あるいは自分たちが努力するという意味」であると述べ、「ジハード=聖戦ではない。聖戦はジハードの一つ。どうしても神様のために戦わざるを得ない最後の手段として武器を持って戦うことをイスラムは否定しない。何でもかんでもすぐに聖戦だという態度はよろしくない。聖家族の避難という態度は、イスラムから見たら一つのジハード。神様のために能動的に積極的に避難するということによって、平和の第一歩が始まるという考えだ」と説明した。
久山氏によると、シリアはもともとキリスト教国だったが、7世紀にイスラムが入ってきた。現在、シリア人の約9割はイスラム教徒で、残りの約1割はキリスト教徒だが、この人たちはシリアでは中心的な存在だという。また、久山氏は本紙に対し、日本にいるシリア人のキリスト教徒を「私は何人か知っている」とも語った。
久山氏はシリア難民の要因について、「シリアのハーフィズ・アサド前大統領は1970年に就任して病気で亡くなり、長男に継ぐ予定だったが、長男が交通事故で亡くなったため、次男のバッシャール・アサド氏が大統領を受け継いで2000年に就任した。そして(シリアは)2011年3月に“アラブの春”の影響を受け、民衆が体制批判をやった。シリアの場合はそれを徹底して弾圧した」と説明した。それで難民となった一人のシリア人のアラビア語からの翻訳を通して、久山氏はその人が実はクルド系の人であることを知り、難民の実態の一例を垣間見たという。
「シリアは“アラブの春”以前は非常に安定していたが、“アラブの春”による民主化は失敗した。アサド(独裁)体制は批判されているが、シリアでは半数近くの人はアサド体制を支持している」と久山氏は指摘。「アサド新大統領になって、それ以前以上に弾圧をするようになってきたため、取り締まりが非常に強くなり、反体制勢力が幾つかできて現在に至っている。そこへ“ダーイシュ”(アラビア語で「イラクとシリアにおけるイスラム国」の意、英語の略称でIS)が入ってきた」と述べた。
そして久山氏は、ダーイシュによってシリアが踏みにじられていると述べ、「ダーイス」はアラビア語で「踏みにじる者」の意味だと付け加えた。
「ダーイシュは、(イスラム教徒の)トップでムハンマドの後継者であるカリフ(アラビア語でハリーファ)は1人だけでよいとし、オスマン・トルコ帝国の時代のように緩やかな国境があるような状況へ戻していきたいと考えている。将来的にはハルマゲドンを起こしていくことを考えているのではないか」と久山氏は語った。
久山氏は、政治状況とも絡む周辺国のシリア難民受け入れの実態について、トルコが194万人、レバノンが120万人、ヨルダンが63万人、イラクが25万人、エジプトが13万人、サウジアラビア・クウェート・バハレーン・カタール・UAE(アラブ首長国連邦)・オマーンといった湾岸諸国やイスラエルは0人だという。
「トルコの場合は、難民はちゃんとしたケアをしてもらっている場合もあるが、難民の大半はキャンプ外で自活している場合も多く、安全が保証されないこともある。レバノンはどちらかというと寛容で人道的な考えを持っている人たちが多いが、レバノン人たちの仕事が奪われて失業していくことがどうもあるようだ。レバノンの医療機関は国営ではなく民営でお金がかかるというデメリットがある。教育の面では入ってきたシリアの子どもたちのほうがレバノンの子どもたちより数が多いが、シリアの子どもたちは2割ぐらいしか学校へ通っていない。児童労働や早婚(児童結婚)も多い。ヨルダンもレバノンとほぼ同じように、親戚の者がヨルダンにいるかどうかが重要な条件で、国境は、今はシリアからの難民が増えているから制限するような処置をとっている。早婚も多い。イラクについては、クルド系の人たちのところへ避難する。シリア難民に対する食糧・教育・仕事の面での人道支援は、キャンプ内ではまずまずの状態である。エジプトでは、シリア・パレスチナ難民に対して、医療・教育の面では問題はないと政府は公言しているが、実際は学校では過密状態であるようだ」と、久山氏は説明した。
「いずれにしても、いろいろな問題を周辺国は含んでいて、決して難民に対していい状態ではないものだから、(トルコの海岸に打ち上げられたシリア[クルド]の)子どもの死などをきっかけにヨーロッパでも受け入れようという動きになって、難民はどんどんヨーロッパへ行っている」と久山氏はまとめた。
「ヨーロッパではドイツが一番受け入れ態勢がよく、80万人ぐらい受け入れるとしている。イギリスはあまり安易に受け入れると次から次へと入ってきてこれはよろしくないからと厳しくやろうとするけれども、それでもやっぱり受け入れようという姿勢は出てきている。イタリアやギリシャあたりは大体通過地点になっていて、まず審査をしないといけないのだが、それでも手いっぱいで厳しい」と久山氏は述べた。
その上で久山氏は、「ドイツには、昔のナチスの極右の考え方を持って『難民なんてもってのほかだ』という人たちもいる。ただドイツ全体としては、アウシュビッツなどでユダヤ人に対してガス室に送ったという体験を通して非常に反省していて、一般国民も大半の人は受け入れようとしている。だから今はドイツへ行くと非常にいいだろうと思う」と付け加えた。
一方、欧米各国はシリア難民らの受け入れを通して、イスラムが入ってくることによる宗教や文化の違いによる葛藤を懸念していると久山氏は指摘。「フランスではライシテ(laïcité)と呼ばれる非宗教性あるいは政教分離によって、公立学校などの公の場での服装などで宗教的なものはいけないとされるが、イスラムはイスラム教徒にとっては全ての上位にあって、イスラムというアッラー中心の捉え方が人間の手によってコントロールされるというのは全くあり得ない。これに対してキリスト教は皇帝がキリスト教を公認するとか、あるいは国教にするとか、そういう歴史を持っている」と久山氏は述べた。
また、湾岸諸国やイスラエルによるシリア難民の受け入れ人数が「0人」である理由について、久山氏は、「サウジアラビアは大きい国で裕福であっても、何千人もISの戦闘員になっていて、要するに“ああいう連中”に荒らされたくないというのが非常にあると思う」「イスラエルはアラブではないが、シリア・イスラエル間は今も決して平和な状態ではない」とし、ゴラン高原の領有権をめぐる両国の争いを挙げた。
久山氏によると、シリア難民は周辺の5カ国へ400万人避難しており、シリアから出られない人たちが約800万人、全く問題のない人たちも含めてシリアの全人口が約2200万人だという。
久山氏はまた、スンナ(スンニー)とシーアで色分けされがちな中東・欧米各国の関係図について述べた。同氏は、「『シーア』とは『分派』という意味であり、イスラムの預言者ムハンマドの後継者を合議制で選ぶことを、4代目の後継者でムハンマドの娘婿であるアリーの時代までやってきたが、ムハンマドの時代や初期の後継者の慣行(スンナ)や言行録(ハデイース)に基づいて合議制で後継者を選んでいくのは『ペテン』であり『詐欺師』であるとした。これに対してアリーは、後継者は血のつながりで選んでいかなければいけないとしてアリーを非常に持ち上げて、4代目からは、今までの後継者選出のやり方に対立する分派が結成された。これがシーアであり、今までのカリフは全部間違っており、後継者ではなく、自分がその直系の後継者だということで、この後、シーアの人たちは血族・血縁関係を大事にして後継者を選ぶということになった。それに対してスンナの人たちは、ムハンマドが亡くなってからは、もうアッラーからの啓示は誰にも下っていない。だからスンナの人たちから見たら、シーアの人たちが言っていることは間違っていることになる。この両者が対立して現在に至っている」と説明した。
久山氏によると、アサド大統領の場合は、シーアのうちでアリーを非常に大事にするアラウイー派(アリーを支持する人たちの意)で、アッラーがアリーを伴って人間の体をとってこの世に7回も来られたと主張する一派だという。
「ロシアはアサド政権を基にして暫定政権を作って再出発すべきだとしているのに対し、アメリカはアサド政権を除いて再出発すべきだという。その二つの考え方が対立している」と、久山氏は説明した。
難民に対する対応の問題について、安倍晋三首相は9月に国連総会の一般討論演説後における記者会見で「人口問題として申し上げれば、われわれは移民を受け入れるよりも前にやるべきことがあり、それは女性の活躍であり、あるいは高齢者の活躍であり、そして出生率を上げていくにはまだまだ打つべき手があるということでもあります」などと語った。
この基本姿勢については、久山氏は「あっけにとられた」と述べ、「安倍首相は難民を移民の中で見ており、難民として困っているようなことが考えられていない。これは本当に首相としてお粗末ではないか」と批判した。
久山氏によると、中東・ヨーロッパ以外の地域のシリア難民受け入れ状況について、アメリカが1万人、オーストラリアが1万2千人、ケベックが3650人、チリが100家族、ニュージーランドが750人、ブラジルが1400人、ベネズエラが2万人であるのに対し、日本はわずか3人。他に、アルゼンチンやウルグアイ、フィリピンは受け入れを表明しているという。
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久山氏は17日、本紙に対し、テロリストの入国問題について下記のコメントを寄せた。
「11月13日のパリ同時多発テロ事件をきっかけに、難民に混じってのテロリストの潜入を一層警戒しなければいけないという声が高まっていますが、私も以前から、ヨーロッパ諸国のみならずいかなる国においても、シリア難民等の入国に際しては、厳正にチェックすることが極めて重要であると考えてきました。これは大半の真の難民を一層よくサポートしていくためにも極めて重要です。真の難民とテロリストの両者を峻別(しゅんべつ)していく徹底した入国チェック体制が、今求められている喫緊の課題と思います」