純白のウエディングドレス、真っ直ぐなバージンロードに、十字架とにこやかにほほ笑む聖職者の姿。映画やドラマでもよく目にする場面だ。クリスチャン人口がいまだ1%を超えない日本では、友人や知人の結婚式で初めて教会に足を運び、一生のうちで教会に足を踏み入れるのは、これが最初で最後、という人も少なくないだろう。
「未信者の方々に伝道できる、絶好の機会が結婚式なのです」
そう語るのは、15年以上ブライダル伝道に携わっている東田啓介牧師だ。大阪で生まれ育ち、スポーツが大好きだったという少年時代、東田牧師が憧れていたのはプロレスラーのタイガーマスクだった。あるイベントでタイガーマスクに会うことができ、「将来、プロレスラーになりたい。どうか弟子にしてほしい」と申し入れた。するとタイガーマスクは、「今はたくさん運動をしなさい。特にラグビーと柔道をやっておくとよい」とアドバイスをしてくれた。
その言葉通り、中学校時代はラグビーと柔道に明け暮れた。2つのスポーツを掛け持つことは容易ではなかったが、子どもの頃からの夢を実現するために、とにかく体を鍛えた。しかし、中学3年生の時に転機が訪れる。ラグビーの試合中に、頭蓋骨を骨折する大けがを負い、それから数カ月の間、ラグビーはおろか、体を動かすことすらできなくなってしまった。自暴自棄になり、夢も諦めざるを得ない状況に。
その後、東田牧師が夢中になったのが音楽だった。当時、若者に絶大な人気があったシンガーソングライター、尾崎豊の歌が大好きだったという。尾崎の歌を聴くうちに、「この世の真実はどこにあるのか?」「本当の自由はどこにあるのか?」と真剣に考えるようになる。「尾崎は問題を投げ掛けはするけれど、『真実』がどこにあるかは教えてくれなかった」と東田牧師は話す。無期限活動休止をした尾崎は、突如、外国へ行ってしまった。「迷いそうになりました。しかし、そこで神様は私に働き掛けてくださったのです」と、それまで「糧」としていた憧れの人を失った時のことを語った。
当時、パンクロックのバンドを組んでいたという東田牧師が、派手な髪型と服装で身を固め、大阪の繁華街「アメリカ村」を歩いていた時のことだった。信号が赤になったので、止まって待っていると、一人の宣教師が東田牧師に話し掛けてきた。イエス・キリストの愛、十字架、救い・・・。次から次へと入ってくる新しい言葉に閉じていた目を開かされたような気分だった。それから毎週教会へ通い、聖書を学んだ。渇いていた心に次々と入ってくる「命の水」は、東田牧師の心を急速に潤していった。
「学校の勉強すら、どこか空虚なものに思えて、やりたくなくなってしまいました。ただ、御言葉だけを学びたいと思い、高校一年生で学校を自主退学しました」と東田牧師。その後、当時、千葉県にあった神学校に入学。文字通り、毎日が聖書漬けの生活を送った。神学校卒業と同時に19歳で結婚。卒業後は献身して牧師になったが、信徒のための「牧会」ではなく、日本でまだ救われていない99パーセントの人たちに全身全霊を投じようと、さまざまな方法で伝道をすることになった。
東田牧師がまず取り組んだのは、音楽活動。渋谷、新宿などで、ギター一本で個人伝道をすることもあったが、生計を立てるために夜の街でバンド活動もした。数曲のオールディーズを演奏して、一曲の賛美歌を入れたり、MCの間にもさりげなく聖書の言葉を語ったりと、その場にいた人々へさり気ないメッセージを送った。
バンドのメンバーは全て牧師だったが、客や店主は必ずしもクリスチャンではなかった。「誰も知らないからこそ伝える意味がある」と東田牧師は話す。しかし、20代後半ごろになると、日本経済の低迷とともに、こうしたバンド活動もだんだん少なくなっていった。
そんな中、たまたま子どもと訪れた外出先で、大道芸を披露していたピエロに出会った。子どもたちが喜んでいる様子を見て、「これは、良い伝道のツールになるかもしれない」と、芸をしていたピエロに弟子入り。いくつかのテクニックを覚えて、商業施設などでマジックや大道芸を披露することになった。現在では、教会のイベントでの出演も多く、子どもたちを楽しませながら、大胆に聖書のメッセージを伝えている。
さまざまなスタイルで、まだ救われていない人々のために働いてきた東田牧師だが、15年以上前から携わってきたのが「ブライダル伝道」だった。現在は、六本木にあるステリーナ教会の牧師として、結婚式の司式をしている。他の教会での司式も合わせると、これまでに1000組以上のカップルの結婚式に立ち会ってきた。時代とともに、さまざまな事情を抱えたカップルも多く式場を訪れるが、人生の「晴れ舞台」に参加できる喜びは大きい。
しかし、それ以上に東田牧師が「喜び」だと話すのが、式に参加するほとんどがクリスチャンではない場合が多いのに、皆が熱心に自分の語る聖書の話に耳を傾け、賛美歌を歌い、祈りをささげる姿を見られることだ。「小さな種かもしれないし、実を結ぶ日が来ないかもしれないけれど、その日、教会にいた一人一人に種が植えられたことは事実です。そのお手伝いができることに、今は神様からの『召し』を感じています」と話す。
近頃は、海外から日本にやってくる観光客が記念に式を挙げるといったケースもあり、結婚式を通じての伝道が広がりを見せているという。「結婚式だけでなく、銀婚式、金婚式の他、結婚記念日を祝う『記念式』のようなものもはやりつつあります。伝道の機会が増えるのは喜ばしいことです」。神からの確かな「召し」を感じて、多くの人々の人生の「晴れ舞台」に立ち会い続ける東田牧師。その顔には結婚式の主人公である新郎新婦が見せる笑顔にも勝る喜び溢れていた。