母親からも、学校の先生からも普段教えてもらえない、またテレビでも聞くことがない「神様」を、ショッピングセンターや商店街、イベント会場で楽しく語るピエロがいる。バルーンアートやマジックで子どもたちを楽しませる傍ら、ショーの各場面で語るピエロの言葉には、神様の存在と愛、その恵みを伝える言葉がある。
そんなピエロの名前は「ジミー」。神様が与えてくださった一つの出会いでクリスチャンとなり、その後さらに新たな出会いが与えられ、ただのクリスチャンではなく神様を伝えるクリスチャンのピエロとなった。
ジミーさんがクリスチャンになったのは16歳のとき。まだ16歳ではあったが、それまで求めていたことに虚しさを感じ、人生について悩みを持っていた。そんなジミーさんが道を歩いているとき、ふとある人がイエス・キリストを紹介する小冊子を手渡してくれた。その時のジミーさんにとって、聖書の言葉はまさに真理の言葉。壁なく御言葉が心に入ってきた。それをきっかけに「イエス様について行ってみよう」と、クリスチャンとしての道が始まった。
元々人前に出て何かしたいという思いが強かったジミーさんは、インターナショナルスクール卒業後はレストランやバーで弾き語りの生演奏をすることで生計を立てた。聞いてくれる客にはトラクトを配り、出会う数多くの人々と話をし、毎日のように福音を伝えるという生活を過ごしたという。しかし後に、子沢山に恵まれ、経済的責任を自覚し安定した収入を得るため、平日は会社員となり、伝道は週末にすることにした。
そんな人生の方向転換を考えている時、子どもと遊んでいた公園で、神様がまた一つの出会いを与えてくれた。その公園に、風船を使ってキャラクターや動物など様々なものを作り出して子どもたちを楽しませるバルーンアーティストがいたのだ。ジミーさんはその場にいた子どもたちと一緒に、次から次へと作り出されるバルーンアートに見入ってしまう。バルーンアーティストからの誘いもあり、出会った翌日からバルーンアートを学び始めた。
初めは、耳が不自由な娘を持つ中国人の友人がおり、その子へ支援を送るために公園でバルーンアートを行った。しかし、数を重ねるうちに様々な人たちから話し掛けられ、デパートや学校、教会などでの依頼を受けるようになり、オリジナルのおもしろ手品も加えながら、「ピエロのジミー」が誕生するようになった。
ピエロとしての活動についてジミーさんは、「種蒔きを担当していると思っている」と語る。日本では、クリスチャンは1%にも満たない少数派。そんな日本で子どもたちが、神について、イエスについて、またその愛について聞く機会は少ない。そんな日本の子どもたちに、楽しく、面白く神様を伝えるピエロのジミーの働きはまさに福音の種蒔きと言えるかもしれない。
ショーの前には、「あなたを証する機会となりますように」と祈って始める。これまでの公演では、クリスチャンの家族が見ていて感謝の言葉を掛けられたり、イベントの主催者から悩みを打ち明けられ、相談に乗ってあげたりもしたという。
そんなジミーさんの働き学ぼうと、これまでに若い見習い人数人がジミーさんのもとで学び、今ではそれぞれが独立して活躍している。ジミーさんの長男(高校2年生)もその一人で、教会や学校の文化祭などでバルーンパフォーマーとして活動している。
数年前までは、ショッピングセンターやパーティ会場での出演がほとんどであったが、最近は小学校や教育委員会主催のイベント、大学の学園祭、YMCAやユニセフのチャリティー活動などで出演することが多くなった。そして教会での出演が一番多い。
以前は「出て行って」神様を知らない子どもたちに神様を伝えていたが、現在は教会の子どもたちにクリスチャンであることの喜びを伝えている。また、それと同時に教会に来たことのない子どもたちが教会に足を踏み入れる「きっかけ」を作ることに励んでいる。
ピエロのジミー:インターナショナルスクール(神学校)卒業後、伝道者となり宣教する傍ら、約6年間バンド「FRIENDS」で活動。その後、ピエロのジミーとして約14年間ショッピングセンター、イベント、パーティー、小学校、教会などで子供たちを楽しませつつ、「神様」を語っている。小岩四恩キリスト教会・教会学校主事。