みことばを学び、みことばを蓄えるのです。そうすれば、悪魔の思いは聖書の思いと異なるので判別することができます。悪魔はあなたの思いを惑わします。
「その場合、この世の神が不信者の思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光にかかわる福音の光を輝かせないようにしているのです」(Ⅱコリント4:4)
神様があなたを造られたので、あなたは輝く人生を歩めるのです。わざわいではない、平安であり、将来と希望あふれる人生を歩める人なのです。どうして歩めないのか。それは心で悟らないからです。
なぜでしょう。「この世の神が不信者の思いをくらませる」からです。「私は成功しない」「私の人生は悩みでいっぱいだ」。そのように自分で自分を判断してしまい、輝けなくなってしまうのです。聖書と違う思いを拒絶しなければなりません。悩みがあっても、「わたしは祝福されている!」と言い続けるのです。そうするとき、現実に祝福が現れてくるのです。
もう一度いいます。(1)みことばを学ぶ、(2)みことばを蓄える。そして、(3)みことばに従う。聖書どおりにするそのとき、祝福されていくのです。聖書に従うことは、自分に死ぬことです。
「肉の行いは明白であって、次のようなものです。不品行、汚れ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、ねたみ、酩酊、遊興、そういった類のものです」(ガラテヤ5:19~21)
このような行動をするのは、自分に死に切れていないからです。もし、完全に死に切れているなら、人の評価は気になりません。「今日のメッセージはよかったです」と褒められても、それは神様がなさったことです。メッセージを下さった神様に感謝しましょう。逆に、いまひとつだったと言われても、落ち込みません。聖霊に従い、聖霊と交わるのです。
「してみると、あなたがたも、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう」(ルカ11:13)
聖霊を受けると、あなたのうちに聖霊の働きがたくさん起こってきます。
そして、(4)謙遜になることです。神様だけを見て、すべてを委ねていく。人の評価を気にしないのです。自分を知恵ある者と思ってはいけません。パウロは自分の知識、知恵をちりあくただと言いました。自分が知恵者だと思っている間は、まだまだなのです。知恵がないと分かったとき、神の知恵が現れるのです。
最後に、(5)栄光を主にのみ返すことです。
「わたしのため、わたしのために、わたしはこれを行う。どうしてわたしの名が汚されてよかろうか。わたしはわたしの栄光を他の者には与えない」(イザヤ48:11)
モーセが40年間徹底的に鍛えられたのは、すべての栄光を主に返すということです。すべての栄光を主に返せないうちは、神の働きはできません。また、十分な知識を持ち、人に教えることができたとしても、神様がそれをしなさいと言われているかどうか分からないうちは、ダメなのです。
「自分から語る者は、自分の栄光を求めます。しかし自分を遣わした方の栄光を求める者は真実であり、その人には不正がありません」(ヨハネ7:18)
このイザヤ48:11とヨハネ7:18を告白できる人は、神様に栄光を返す人です。100倍の実を結びます。どうか、自分の栄光を求めず、神様の栄光だけを求める人になってください。
(終わり)
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神内源一(じんない・げんいち) / 徐起源(そう・きうぉん)
ERM聖書学校校長。恵那クリスチャンセンター(岐阜県恵那市)牧師。恵那レーマミニストリー代表、愛知県一宮市の超教派聖会「ワールド・リバイバル・カンファレンス」の理事・講師を務めるなど、その活動は多岐にわたる。同校本部の岐阜県恵那市に加え、京都、岡崎(愛知)、沖縄、立川(東京)など全国数カ所で聖書学校、聖会をおよそ月1回のペースで行っている。インターネット聖書学校、通信聖書学校等も現在開講中。※画像は恵那レーマミニストリーのロゴ。
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