京都市にあるカフェ、グリーンカナリーで21日、古楽のクリスマスコンサートが行われ、20人ほどの観客が耳を傾けた。この日演奏したのは古楽アンサンブル・サリーガーデンのメンバーだ。13世紀のフランスのキャロル「久しく待ちにし」や、16世紀のドイツのキャロル「エサイの根より」、クロアチアのキャロル「マリアは喜ぶ」などの賛美歌、アッシジのフランチェスコの祈りをもとにした13世紀の「Venite a laudare」、グレゴリオ聖歌など、13世紀から16世紀にかけての西洋中世音楽を中心に、リコーダーや、中世の吟遊詩人が使ったものを再現したトゥルバドールハープなどで演奏した。
目をつぶって聞き入る人、うなずきながらリズムを取る人。来場者は静かに音色を楽しんでいた。
サリーガーデンは2001年結成。中世・ルネサンス期に演奏された古楽を中心に演奏活動をしている。メンバーは、歌とトゥルバドールハープ・構成編曲担当の近藤明子さん、山田夕子さん(リコーダー・編曲)、加藤美和子さん(鍵盤楽器・リコーダー)の3人だ。
普段は京都市内のカフェやアトリエ、サロンなどでミニコンサートをしているという3人に話を聞いた。
- 古楽をじっくり聞いたのは初めてなのですけど、なんだか懐かしさを感じました。
初めての人は驚く人が多いです。“なんだこの音楽は”って感じで。でも、聞きやすい、親しみやすい、特に懐かしいと言ってくださる方が多いですね。あと、子どもはすごく喜びます。単旋律でシンプルな曲が多いからでしょうか。あとはラテン語が分からなくても、感情が伝わりやすいみたいです。「アレルヤ」「アーメン」とか一緒に歌う人もいらっしゃいますよ。
- そもそも“古楽”とはどんな音楽なのですか?
“古楽”は、一般的には古典派音楽(1730年代から1810年代まで続いた芸術音楽の総称)以前の音楽で、中世西洋音楽、ルネサンス音楽、バロック音楽の総称です。分かりやすく言うときは、バッハ(1685年~1750年)以前の1000年間ぐらいにわたる音楽です、と説明しています(笑)。その中でもサリーガーデンは、特に世俗音楽を中心に演奏しています。当時教会で演奏された音楽は、今でも多くがクラシックとしてきちんとした形式で演奏されています。でも世俗音楽は、宮廷や村や町、街道の宿で、吟遊詩人が演奏した音楽です。多くは当時の俗語で歌われている。だから、クラシックより自由にアレンジして演奏しています。
- 中世の世俗音楽、楽譜などは残っているのでしょうか?どうやって曲を再現しているのでしょうか?
そもそも楽譜の版権管理という概念は17世紀までなかったんです。だから今でも手書きの写本などが残っているんです。それを主に英語圏の美術や歴史、音楽、紋章学などの研究者が研究されているので、参考にさせていただいています。最近はインターネットで公開されている写本もあって、調べやすくなりました。きょう演奏した曲も、オックスフォード大学の研究者の方の研究をもとにしています。賛美歌を歌うために、西洋古典学者の山下太郎先生が主催し、講師陣に京都の大学の若手研究者を迎えて開いている「山の学校」でラテン語を学んでいます。ラテン語を学び、古楽を演奏すると、現代にあるものの原点を考えさせられることも多いです。
レパートリーは何曲ぐらいあるんですか?と聞くと、思わず3人とも首をひねった。「正直、数えたこともないです。例えば聖母マリアのカンテガだけでも490曲ぐらいあります。楽器やバリエーションがそれぞれ何種類もあります。毎回テーマや雰囲気に合わせてアレンジします。それで1000年分ぐらいの期間の曲があるから・・・。やっぱりとても数えられません(笑)」と山田さん。この日演奏されただけでも、中世フランス、ドイツ、イタリア、イングランド、カタルーニャ、クロアチア、さらにレバノンの恋歌まで、時代もジャンルも幅広い。恐ろしく奥が深い世界なのだ。
では、3人がそこまで古楽に夢中になる魅力とはどこにあるのだろうか。近藤さんは、「現代にある楽器も、中世ではまださまざまな試行錯誤をして作られていた段階です。形も材料もまだシンプルな時代。それをいろいろ工夫したり、アレンジしながら演奏できるのも魅力です」と話す。時には中世に使われた楽器を復元することもあるのだとか。
近藤さんは、知人のピアノ調律師と協力しながら、チェンバロの一種で鍵盤で金属弦を引く、バージナルという楽器を復元し、自宅で演奏するのだという。「楽器の指定がないことも多いので、自由に楽器を取り入れ、音をアレンジしながら演奏できるのが魅力ですね」
そして3人が口を揃えるのが、世俗音楽ならではの魅力だ。
「世俗音楽だから、中世の一般の人々の生活観や感情、あるいは神様を求める素朴な祈りなど、生々しい感情がこめられているのが伝わってくるんです」
普段は京都のサロンやカフェで演奏している3人。意外なのは、ゲームメーカーから録音の仕事が入ることもあるのだとか。
「RPG(ロールプレイングゲーム)は、だいたい中世を舞台にした剣と魔法の物語ですよね。だから、ゲームのBGMや効果音などのために、ゲーム会社からそんな依頼が来ることもあります。最近も来年発売される某ソーシャルゲームの依頼が来て演奏してきました」と山田さん。
クリスチャンは、日曜日には教会でオルガンが奏でる教会音楽を聞いて親しみがある。だが、普通の現代人が中世音楽に触れる機会は、もしかするとロールプレイングゲームの剣と魔法の世界が一番身近なのかもしれない、と意外なつながりに思わず納得させられた。
3人の古楽との出会いはさまざまだ。
「高校時代の夏休み、自由研究で何か音楽を聞いてレポートを出す課題があったんですね。それでいろいろなレコードを聞いていたとき、友達が『バッハより古い音楽を演奏しているレコードがある』と言って、16世紀のシェークスピアのころの英国の古楽のレコードを貸してくれたんです。それで面白いなと思ったのがきっかけです」と語るのは近藤さん。
加藤さんの場合は、教会の日曜学校がきっかけだった。「子どものころ、日曜日に毎週教会学校に行ってました。ご近所の方が熱心なクリスチャンで。そんなこともきっかけでリコーダーを始めて、音大に行ったんです。それで、音楽の先生になるためのリコーダーの講座の合宿があって、そこで山田さんと出会って、だんだん古楽の魅力に引き込まれました」
その山田さんの古楽との出会いも面白い。「父が音楽好きでいつもクラシックが流れている家庭だったんです。それで10代は南米のフォルクローレが好きで自分で演奏していました。それが高じて大学では、政治学が専門だったんですけど、南米の解放の神学などを研究テーマにしていました。そのとき南米の資料をいろいろ読んでいると、実は南米にはルネッサンスやそれ以前の音楽の写本がたくさん残っていることを知り、はまっていったんです」
南米に中世音楽!?思わず聞いてしまった。
「南米を植民地化する際にスペイン人やキリスト教の宣教師たちが、生活用品と一緒に写本として持ち込んだんですね。だから、ケチュア語の声楽の写本とか、実は南米って古楽がたくさん残っているんですよ」
解放の神学から古楽へ・・・。これまた意外なつながりに思わずうなってしまった。
ちなみに、近藤さんと山田さんは、バプテスト教会の洗礼を受けたクリスチャンだ。
「幼いころ、日曜学校に行っていた刷り込みかな。1996年に夫と一緒に京都のバプテスト教会で洗礼を受けました」と近藤さん。山田さんは、アジアの民族音楽を調べに台湾を旅しているときに、台北のバプテスト教会で洗礼を受けたそうだ。
3人とも古楽の話になると止まらない。その情熱と知識の広さに、思わず記者もたじたじになってしまった。だが、古楽を初めて聴く記者にも、その音色は懐かしさだけでなく、中世の素朴な祈りともいうべき何かをまっすぐに感じることがある。古楽を演奏していると、「祈り」について感じることもあるのだろうか?
近藤さんは言う。「中世はすべてキリスト教の社会、そして世俗音楽というのは、中世の人たちの心情や状況がものすごく率直に歌に表されているんですよね。何を感じていたか、人をどう愛していたか。あるいは歌詞で歌われるイエス様とかマリア様とか、身近な呼び掛けとして出てくる。そこに素朴で率直な祈りを感じます。例えば、聖母マリアをテーマにした曲だと、マリアをリスペクトしながらも本当に親しみをもって歌われている。マリアが救い主イエスにとって肉体的な生身の母であり、どうか私たちの祈りをイエスに取り次いでほしいという、身近でまっすぐな気持ちが感じられます。演奏するたびに新たな発見があります」
中世の市井の普通の人々の感情や祈りを歌う3人。またその音色を聞きに来たいと思った。
サリーガーデンはCDも発売している。「愛が私を支配した」(動画)や、13世紀の聖母信仰をテーマにした曲、15世紀末にイベリア半島から追放されたセファルディ系ユダヤ人の音楽、ラスウェルガス写本をもとにした「O, Maria maris stella」など11曲が収録されている。CD、今後の演奏の問い合わせは、アートルーム・サリーガーデン(電話・FAX:075・781・1301、ホームページ)まで。