今年1月から放送がスタートしたNHK大河ドラマ『軍師官兵衛』の収録がこのほど終了したが、キリシタンとしての黒田官兵衛とはどのような人物だったのか?その実像に迫ろうとする書籍がこれまでいくつか出版された。すでに読まれた方もおられると思うが、ここでは改めてそれらをまとめて、発行日の順に簡単に振り返ってみることにする。
1. キリシタン武将黒田官兵衛―秀吉と家康から怖れられた智将
(林洋海著、現代書館、2013年10月12日)
本書は、『新島八重』(上毛新聞社、2012年)などの著書もある出版関係のデザイナーである林洋海氏によるもの。本書では、著者自身の信仰についての記述や聖書からの引用はない。
林氏は本書の中で、「官兵衛は欧米の文化や文明の背景にキリスト教の影響があることを知って、キリスト教を学び、敬虔なキリシタンとなった。その教えを実践し、博愛の精神をその国づくりに生かしている」と、官兵衛を紹介している。
しかし、官兵衛が「キリシタンだったこと、そして有岡城幽閉で、身体不自由な身になったことは、戦国動乱にあっては、これ以上にないハンディを官兵衛にもたらした」としている。そして、官兵衛は長男の長政に「神の罰より、主の罰より、臣下百姓の罰恐るべし」と諭したとして、官兵衛は国づくりに「知を生かす」リアリストでもあったと林氏は述べている。
本書の場合、キリシタンとしての官兵衛の信仰や生き方の重要性を指摘しつつも、それ以上にこうした智将としての官兵衛を描くことに力点を置いているように思われる。
主な参考文献は、貝原益軒著『黒田家譜』(歴史図書社、1980年)など。後述するルイス・フロイスの『完訳フロイス日本史』(中央公論新社、2000年)も一部用いている。
なお、カトリック鹿児島司教区の糸永真一司教は自身のウェブサイトで、本書を用いて官兵衛の実像に迫っている。
糸永司教はその中で、「黒田官兵衛は受洗後、当時の他の大名とは異なり、側室を置かず、生涯一夫一婦を守り、戦国時代にあって殺戮を好まず、年貢や賦役を軽減して民の暮らしを助け、平和なキリシタンの国づくりに尽くした真のキリシタンであった」「キリシタン嫌いの秀吉や家康の側近として宣教師を保護し、教会を守るために官兵衛が尽くした功績は計り知れない」などと述べている。
2. キリシタン武将 黒田官兵衛(Kindle版)(上巻)(中巻)(下巻)
(西山隆則、黒田官兵衛生きるヒントラボ著 2014年1月1日・24日、2月14日)
電子書籍によるこの三部作で、著者の西山氏は上巻で、「官兵衛が有岡城の挫折を経て、キリシタンになり、秀吉の伴天連追放令の下で、苦労しながら、信仰を貫く姿」を見ている。中巻では、「官兵衛の晩年や死の前後」を見ていき、総括として「彼の生き方に与えたキリスト教の影響」をまとめて見、さらに「官兵衛を取り巻く人物(息子長政、弟直之、明石掃部(全登))の視点」から官兵衛を見ている。そして、下巻では他のキリシタン武将を比較対象として挙げている。
西山氏は、企業経営や投資アドバイス業務、広告ビジネスを営む歴史研究家だという。彼は中巻の中で、「私自身はキリスト教徒ではないが、その生き方に共感できる部分や学ぶ部分が多く、できるだけ多くの方に知って頂きたいというのが、私の思いである」と述べている。
西山氏によると、官兵衛がキリシタンだったことに真正面に取り扱っているものが少なく、キリスト教の規範が官兵衛の人生に与えた影響を無視して、果たして官兵衛の実像を描ききれるのかという問いが、本書を書いた動機だとしている。
この三部作は今年、上巻は1月1日に、中巻は同24日に、そして下巻は2月14日にそれぞれ発行されたものだが、先に挙げた林氏の『キリシタン武将 黒田官兵衛 秀吉と家康から怖れられた智将』には触れていない。
本書の読者には、官兵衛に関して一通りの知識を持っている人を中心に想定しており、初心者はまず何か官兵衛に関する本を読み、その後に本書を読むことを著者は勧めている。とは言え、Q&Aという形で官兵衛の信仰について分かりやすく説明している。
上・中巻では、ルイス・フロイス著の『完訳フロイス日本史』(4・5・11、中央公論新社、2000年)が、下巻でも同著の『日本史』(巻数、出版年、出版社名は明記されていない)が参考文献の中に含まれている。
3. キリシタン黒田官兵衛(上巻)(下巻)
雜賀信行著、雜賀編集工房、2014年2月1日
本書は、官兵衛を描いた過去の小説や評伝を取り上げ、その誤解や問題点を再検討したものである。やはり、ルイス・フロイスの『日本史』を底本に、膨大な史料の検証を行っており、林氏の前掲書よりはるかに詳しい。著者はプロテスタントの出版社で編集者を務めたクリスチャンであり、林氏の前掲書よりも官兵衛のキリスト教信仰に力点が置かれているとともに、時代背景についても非常に詳しく述べている。
アマゾン・ジャパンにある本書のページには、「軍師官兵衛」の時代考証を務めた小和田哲男氏(静岡大学名誉教授)の推薦文も付いている。出版社のチラシで同氏は、本書を「初めての詳細な追求」と評価している。
また、上智大学文学部教授・史学科長でキリシタン文庫所長の川村信三氏も、本書を「キリスト教を熟知した編集者による大河ドラマ座右の書」「キリシタン官兵衛理解に欠かせない本」と評し、日本同盟基督教団西大寺キリスト教会主任牧師で前東京キリスト教学園理事長の赤江弘之氏も「官兵衛の生涯と聖書の交錯」と題する推薦の言葉を述べている。
4. 天を想う生涯 キリシタン大名 黒田官兵衛と高山右近
(守部喜雅著、いのちのことば社、2014年3月28日)
もう一人、やはりキリスト教メディアで編集経験がある著者の守部氏は、本書の「はじめに」で、「乱世の時代、清廉な生き方を求め、それまでの日本人にはなかった“天を想う生涯”を全うしたキリシタン大名・高山右近。そして、彼に導かれた黒田官兵衛―。人々の心が乱れ、将来の展望も定かでないまま混迷する今の時代に、この二人の生涯の真実はどのようなメッセージを発するのでしょうか」と問い掛けている。
そして、「これまで、一部の歴史家にしかわからなかった戦国時代のキリシタンの様相が、当時日本に来た宣教師ルイス・フロイス著『日本史』の邦訳によって、現代によみがえりました」と述べた上で、「幻の資料と言われ長く歴史の闇に葬られていた『日本史』を引用・参考にしながら、キリシタン大名が生きた時代の光と影を追ってみたいと思います」としている。
実際そのような内容となっている本書は、官兵衛を描いた過去の小説や評伝を取り上げてその誤解や問題点を再検討した雜賀氏の前掲書とは異なり、高山右近にも焦点を当てつつ、より簡潔に官兵衛の生涯とその時代を描いている。高山右近の導きで回心し洗礼を受けた官兵衛について、守部氏は「死と隣り合わせの戦場で、官兵衛は、修道士を通して、天を想う生涯のすばらしさを実感していくのです」と述べている。
また、本書と関連したDVD『キリシタン大名 禁令に翻弄されたサムライたち』(いのちのことば社、2014年)が出ている。そのダイジェスト版がユーチューブで公開されており、黒田官兵衛も、蒲生氏郷や高山右近と共に紹介されている。
守部氏も『完訳フロイス日本史』や新改訳聖書を引用しており、また雜賀氏の『キリシタン黒田官兵衛』(上)なども参考にしている。
読者の皆さんは、キリシタン・黒田官兵衛について書かれたこれらの書籍を、どのように読み比べるだろうか?