【CJC=東京】教皇フランシスコは5月25日、最初の訪問先ヨルダンを後にし、キリスト生誕の地とされるヨルダン川西岸のパレスチナのベツレヘムに到着、大統領官邸での歓迎式後、教皇はマフムード・アッバス大統領と会談。続いて、パレスチナ政府要人らと会見した。
パレスチナの要人らへの挨拶で、教皇は「平和の君」イエスの生まれた地、ベツレヘムへの訪問を神に感謝された。
バチカン放送(日本語電子版)によると、教皇は永続する中東の紛争が人々にもたらした癒しがたい傷、治安問題、否定された権利、隔離や住民の流出などの悲劇に言及、「今こそ、皆が寛大さと、善に貢献するための創造性、平和への勇気を持つ時」と述べた教皇は、2つの国家が国際的に承認された境界のもとに存在し、平和と安全を享受する権利が認められるようにと語った。
「2つの国家」との教皇発言は、パレスチナを「国家」と明言し、その上で、2国家共存による和平を目指し、双方の指導者が「勇気」を示すよう求めたもの。
教皇は、ミサ会場の降誕教会前広場へと向かう途中、ベツレヘムとイスラエルを隔てる分離壁の前で車を降り、「パレスチナ解放」「アパルトヘイト(人種隔離)壁」とスプレーで落書きされた壁に手をついてしばらく祈った。その終わりに教皇は壁に額をつけた。分離壁は、イスラエルが「テロ防止」を理由にベツレヘムとエルサレムを隔離する形で建設したもの。視察は当初の訪問予定にはなかった。
教皇は降誕教会前広場での野外ミサの後で、「マフムード・アッバス議長とシモン・ペレス大統領が共に平和を祈る場所としてバチカンの自宅を提供する」と提案した。予期しない提案に広場を埋めたパレスチナ人キリスト者や巡礼は歓声を上げた。さらに両者がすぐに応諾の意向を示したことも、教皇の提案が、世界から歓迎されるものであることを示している。
教皇の今回の聖地訪問は「巡礼」であって、政治とは一線を画すと見られていただけに驚きをもって受け止められてもいる。
ただペレス大統領はノーベル平和賞受賞者であるが、1923年生まれの高齢でもあり、現在は儀礼的存在に留まっている。両者がバチカンで共に平和を祈るにしても、それが中東和平に直結するものとはならないと見られる。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ政権からもコメントはない。