人生を振り返ってみると「幸せな人生だった」と感じます。声を出して「幸せだ!」と叫びたいくらいです。しかし、その幸せがもたらされた影に、一本のとげがあります。そこには痛みが伴います。経済問題です。
牧師になり、教会をゼロからスタートしたとき、キリスト教の福音派の団体が、経済的に3年間支援してくださいました。その後は、教会と伝道の働きだけで経済的に支えられてきました。このことだけでも、神が確かに生きておられると確信します。
(プロテスタント教会の牧師の6割以上が、副業をしたり、牧師以外の仕事をしたりしているという統計があります。テントメイキングとか、セルフサポートといいますが、その形態も含めて神様が養っておられるのです。そこに優劣はありません)
神ご自身が私の主人となり、社長となり、羊飼いとなり、今日まで養ってくださいました。この24年間、経済的にゆとりはありませんでしたが、不足して困ったことはありませんでした。心配し、恐れたこともありましたが、神が養ってくださるので、心配無用なのです。
経済問題というとげに感謝しています。そのとげがなかったら、神に必死に祈り、頼ることがなくなってしまったかもしれません。また、必要以上に生活レベルが上がり、ぜいたくをしてしまった可能性があります。
とげは、人を謙遜にさせ、自分の弱さや足りなさを思い出させて、神に頼るように仕向けてくれます。私の幸せの理由は、願った通りに事が進み、人生が順調だったからではありません。事あるごとに、とげが私を刺して痛いので、神様にもっと頼るようになりました。
「とげがあるにもかかわらず幸せ」なのではなく「とげがあるからこそ幸せ」なのだと思います。
今日、私たちがどこにいようと、自分のいる場所、そこが世界の中心です。「神様幸せです。ありがとうございます!」と大声で叫びたいです。
皆さんはどうですか。神の愛を知り、とげが自分を謙遜にさせ、神に頼らせるものだと知るならば、今の自分が世界一幸せだと分かるはずです。
◇