人は、他人から良いものを得たいと考えています。知恵だったり、好意だったりさまざまですが、人が生まれながらに持っている本能だと思います。
聖書には、「天におられるあなたがたの父が、どうして、求める者たちに良いものを下さらないことがありましょう」(マタイ7:11)とあります。神様の基本姿勢はいつも「求めよ、さらば与えられん」なのです。
1. 忍耐と救い
また、私たちの主の忍耐は救いであると考えなさい。それは、私たちの愛する兄弟パウロも、その与えられた知恵に従って、あなたがたに書き送ったとおりです。(2ペテロ3:15)
「私たちの主の忍耐は救いであると考えなさい」とある意味は、「主は・・・その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって・・・忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです」(2ペテロ3:9)ということです。
神である主キリストは、私たちを愛しているが故に、私たちの悔い改めを忍耐して待っているのです。ですから、主からの教えや戒めに速やかに従い、速やかに悔い改めるべきなのです。
「愛する兄弟パウロも、その与えられた知恵に従って、あなたがたに書き送ったとおりです」とあります。以前クリスチャンを迫害していたパウロにとっても、主の忍耐は救いでした。
神の愛による忍耐は救いであり、新生の力です。悔い改めのチャンスを決して逃さないようにしましょう。
2. 曲解と滅び
その中で、ほかのすべての手紙でもそうなのですが、このことについて語っています。その手紙の中には理解しにくいところもあります。無知な、心の定まらない人たちは、聖書の他の個所の場合もそうするのですが、それらの手紙を曲解し、自分自身に滅びを招いています。(2ペテロ3:16)
世の終わりの時代や最後の審判についての記述は、確かに理解しにくい部分があります。しかし、聖書を曲解するなら「不敬虔な者どものさばきと滅び」(3:7)を招いてしまうのです。
3. 堅実さ
愛する人たち。そういうわけですから、このことをあらかじめ知っておいて、よく気をつけ、無節操な者たちの迷いに誘い込まれて自分自身の堅実さを失うことにならないようにしなさい。私たちの主であり救い主であるイエス・キリストの恵みと知識において成長しなさい。このキリストに、栄光が、今も永遠の日に至るまでもありますように。アーメン。(2ペテロ3:17、18)
聖書を曲解する人々がいることをあらかじめ知ってよく気を付け、不敬虔な者どもに誘惑されて今ある信仰の堅実さを失うことのないようにと勧めています。
私たちも、不節操な者たちの誘惑によって、堅実な信仰を失うことがないようにしましょう。
まとめ
イエスの一番弟子と呼ばれたペテロ先生はこの手紙を通して、私たちに敬虔な人を目指してくださいと訴え続けています。
イエス・キリストを否定して男泣きしたペテロ先生でしたから、自分の信念や情熱によっては超えられない人間の弱さを自覚していました。愛なる神の忍耐によって救われた、イエスが選んだ使徒なのです。
私たちもイエスの弟子として、敬虔さを目指し、示された教えと戒めに対して従順し、速やかに悔い改め、信仰の成人を目指しましょう。私たちはイエス・キリストの恵みと知識によって、堅実で安定した、人に対して良い影響力を持った敬虔な人に成長していくのです。
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