広島市で19日から3日間の日程で開催される主要7カ国首脳会議(G7サミット)を前に、「宗教者による祈りとシンポジウム」が10日、カトリック幟町(のぼりちょう)教会の世界平和記念聖堂(同市中区)で開催された。世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会が主催したもので、会場には約200人が集まり、オンラインでも世界11カ国から約300人が参加した。
諸宗教による祈りのほか、被爆者による証言もあり、シンポジウムでは、立教大学総長で日本聖公会中部教区主教の西原廉太氏や、カトリック広島教区司教の白浜満氏ら、キリスト教からの代表者も発題した。また、核兵器廃絶や経済格差の是正、信教の自由の堅持などを訴える提言文を採択。提言文はサミット開催前までに政府へ提出する予定だ。
被爆者の森重昭さんが証言
第1部の諸宗教による祈りでは、初めに被爆者の森重昭さん(86)が、自らの被爆体験について証言した。当時、国民学校(小学校)3年生だった森さんは、爆心地から2・5キロ離れた橋の上で被爆。一緒に歩いていた友人2人の陰にいたことや、爆風で川の中に飛ばされたことで、命を取り留めた。
森さんが被爆したその場所は、原爆によるキノコ雲が見えるような場所ではなく、まさにキノコ雲のただ中にある場所だった。自分の手を顔から10センチ離すだけではっきり見えなくなるほど、真っ暗だったという。
次第に明るくなってきたため岸に上がると、今度は血だらけの若い女性に会った。女性は、飛び出た内蔵を両手に抱えながら、「病院はどこですか」と尋ねてきたという。しかしその時、上空からB29爆撃機の爆音が。さらに別の攻撃があると思った森さんは、「死にたくない」という思いの一心で、町中に横たわる人々の顔や胴体を踏み越え、無我夢中で泣きながら逃げたと話した。
平和求め、諸宗教が祈り
森さんの証言の後、神道、仏教、キリスト教、イスラム教、新宗教の代表者らが、それぞれの祈りをささげた。キリスト教はカトリック広島教区が代表し、1981年に来日した当時のローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が世界平和記念聖堂の訪問時に語った言葉を用いるなどして、教区司教の白浜満氏らが祈りをささげた。
「あなたは苦しみではなく、平和のための計画をお持ちです。あなたは戦争を非難し、暴力に訴える者の思い上がりをくじきます」「あなたは近くにいる者にも、遠くにいる者にも、平和がもたらされるように、全ての人種、国家が一つの家族となるように、イエスをお遣わしになりました」
白浜氏らは祈りの中でそのように述べ、世界の指導者が「復讐(ふくしゅう)や報復の論理を用いないよう」「この地上で二度と核兵器が使用されないよう」「対話と忍耐、慣用と勇気を通して、問題解決への新しい道を見いだすことができるよう」、神が働きかけてくださるように願った。
また、G7サミットについても、「心からの対話と話し合いは、性急に戦争に向かうより、はるかに多くの平和への実りをもたらすからです」とし、「特に広島で行われる指導者たちの会合を導いてください」と求めた。
原子力エネルギー含め「核」に反対する理由
第2部のシンポジウムは2つのパートに分けて行われ、1つ目のパートでは、立教大学総長で日本聖公会中部教区主教の西原廉太氏、NGO「ピースボード」共同代表の畠山澄子氏、アジア太平洋諸宗教青年ネットワーク議長のレンツ・アルガオ氏の3人が発題した。
世界350以上の教会(教団)が加盟し、5億8千万人余りのキリスト教徒を代表する組織である「世界教会協議会」(WCC)で、昨年まで16年間にわたり中央委員を務めてきた西原氏は、核兵器だけでなく、原子力エネルギーも含めた「核から解放された世界」を訴えてきたWCCの活動を紹介。WCCがこれまで出してきた声明などから、あらゆる核に反対する理由や、その神学的根拠を話した。
軍事利用、民生利用を問わず、全ての核に反対する理由としては、核はいずれの場合も、自然界に存在しない有毒な元素を大量に生み出し、環境汚染を引き起こすとして、「健康と人道と環境」に対する懸念を生むことを挙げた。原子力エネルギーについても、これまでにさまざまな事故を経験しており、原子力産業が安全だといえないことは証明されたも同然の状況にあるとし、その危険性に触れた。
一方、地球温暖化対策を巡る昨今の議論においては、原子力エネルギーの容認や積極的な受容を主張する声もある。しかし西原氏は、原子力エネルギーは再生可能ではなく、持続可能な資源によるものでもないと指摘。また、ウランの採掘・精製・輸送から原発の建設・運用に至るまで、さらに原発廃炉後も廃棄物の管理を永久的に行う必要があり、これらの過程で大量の二酸化炭素が排出されるとした。そのため、原子力エネルギーを環境に優しいエネルギーとするのは欺瞞(ぎまん)であると批判。また、他のエネルギーに比べ、多大な資本の投入が必要なエネルギーであることも話した。
核を否定する神学的根拠としては、2014年にWCCの中央委員会が出した声明「核から解放された世界へ」の内容を引用して説明した。声明は、神は「いのちを授ける方」であるとし、「いのちを脅かし破壊するような原子力の使い方、それは神の被造物の誤用であり、罪深いこと」だと指摘。人類に求められているのは「いのちを守る」ことであるとし、「恐怖しながら核兵器で身を守って生きることも、原子力エネルギーに頼って無駄遣いの中に生活することも、いのちを守ることではありません」としている。
約1万3千発の核弾頭、削減・廃絶の行動計画を
シンポジウムの2つ目のパートでは、カトリック広島教区司教の白浜満氏のほか、南太平洋の島国フィジーの青年組織「MISA 4 the Pacific」代表で、太平洋教会協議会(PCC)の気候正義の働きにも関わっているベディ・ラキューレ氏、中国新聞特別論説委員の宮崎智三氏、浄土真宗本願寺派西善寺(広島県三次市)住職の小武正教氏が発題した。
白浜氏は、当時は小さな聖堂であった幟町教会で被爆したドイツ人神父のフーゴ・ラサールが、身をもって原爆の非人道性を体験したことで、犠牲者の追悼と慰霊、また全ての国の人々の平和と友愛の証しとして、世界平和記念聖堂の建設を夢み、国内外の支援を集めてそれを実現させた経緯を説明。このような平和を求める地道な活動は世界各地に存在するとし、それらが「78年間、核兵器を使用しない時代を築いた隠れた力」だとした。
また、2019年に来日したローマ教皇フランシスコが、広島と長崎を訪れて語った言葉「原子力の戦争目的の使用は倫理に反します。核兵器の保有は、それ自体が倫理に反します」を引用。現在、地球上には約1万3発の核弾頭があり、それが1発でも使用されて核戦争が誘発されれば、人類滅亡の危機に直面する現実にあることを語った。
その上で、特に核保有国の指導者や核兵器の開発を進める人々に対し、切実な叫び声を上げたいと強調。地球上にある約1万3千発の核弾頭の削減・廃絶に向けた具体的な行動計画を、G7サミットで採択するよう求めた。
G7サミット参加国指導者に求める「ヒロシマの心」
シンポジウムの後には、G7サミットに向けた提言文案が読み上げられ、満場一致で採択された。
提言文は、広島の原爆死没者慰霊碑に刻まれた「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」という言葉に「ヒロシマの心」が現れているとし、「G7サミット参加国指導者に、この『ヒロシマの心』の真意を深く胸に刻んでサミットに臨むよう、心から切望する」と表明。「これを除いては、いかなる有益な会合もなし得ない。ゆえに、『ヒロシマの心』を国際政治の場において、着実に具現化することを強く要請する」としている。
その上で、▽分断から和解、対立から対話へ、▽核戦争回避と核兵器廃絶、▽地球の持続可能性への責任、▽SDGs達成への責任、▽極端な経済格差の是正、▽信教の自由の堅持――の6項目を提言。G7サミットが、「真に地球と人類の持続可能性を高める有益な契機」となるように心から祈るとともに、宗教者自身も平和に対する責務を果たすべく、たゆまず行動すると誓っている。