その家は、白の塗り壁に青い瓦屋根の小さな平屋でありました。庭には野草がぼうぼうに生えていて、木張りの床や柱も黒ずみ、その家の生きてきた年月を感じさせました。アラビア風のモザイクのキッチンと浴室、小さな窓から差し込む光はなにか、神々しさを感じてしまうほどでした。私はこのおんぼろの小さな家を、ついのすみかとして買ったのです。
私はもうすぐ50歳を迎えようとしておりました。それまで貸しに出していた繁華街の店を売り、小さな家の資金にしました。繁華街の店は、母が居酒屋を開き、また私が継いでバーを開いた思い出の物件でありました。一つの時代の幕を静かに下ろすように、母と共にいろいろな書類を準備して物件を売り、この家を買うお金にしたのです。
このことのために、私は行き来がなかった母の所に何度か通うことになりました。母は、独特な考えを持ったようなひげの男性と暮らしており、母自身も、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)の花びらがひらひら落ちるように、老いていました。
ひげの男性は、ネルドリップの、それはおいしいコーヒーを私に入れてくれました。家の奥には水出しコーヒーの大きな機械もありました。また壁には、男性が描いたという曼荼羅(まんだら)の絵がたくさんかけられておりました。古いレコードが積み上げられた棚から、男性は丁寧に1枚のレコードを手に取り、私のためにとチョイスして、甘く悲しいジャズを流してくれました。
母は、この男性と深く愛し合ってしまったことが見て取れました。それはいつのことからか分かりません。母に買うことなど難しかった初めの物件の資金も、この人から出ていたのかもしれません。しかし男性はおだやかに、私たちの作業を見つめていてくれました。
私は、温かく迎えられたことに心もほだされて、気が付けば母を教会に誘っていたのです。母は戸惑っていましたが、「ぜひいってらっしゃい。悪い所じゃないでしょう」と男性が母の背を押し、私はその日のうちに軽自動車に母を乗せて、私の通う教会の牧師館に向かっていたのです。
車を走らせているうちに陽が沈み、夜になっておりました。それでも牧師先生は、スーツに着替えて私と母を歓迎してくれました。「お腹はすいていませんか?」私たちは首を振りましたが、大きなおまんじゅうとお茶を出してくれました。牧師先生は聖書を開き、静かに神様の創られたアダムとイブの堕落と、それによって私たちのすべてが原罪を負っていることを話してくれました。牧師先生のまなざしに、言葉に、聖霊が働いておりました。母は笑ったり、泣いたりしながら聞き入りました。「この前、占い師さんにみてもらったんですよ。そうしたら、ぜんぶ先祖のせいだ、って言ってくれたんです。あなたは悪くない、って言ってくれたんです」。そう言って母の胸は震えていました。「キリスト教は嫌ですね。私が悪いって言うんですか」。そう言って母はしゃくりを上げて泣きました。牧師先生は黙してうつむき、祈り続けてくれました。「キリスト教は嫌です…」母はそう言ってもだえながら、「イエス様、私のことも助けてください…」と、イエス様のみ足にしがみついたのです。
そんなこともあり、私は温かく、清らかな気持ちで新しい暮らしを始めました。戸惑いがなかったといえばうそになります。家を買ってしまったら、一生1人で生きるということが決まってしまうような気がして怖くなることもありました。でも私は決めたのです。欠けだらけの人間の夫を持つことも、欠けを補い合う愛の道がありましょう。しかし私はそうするにはもう、傷つき過ぎていた気がしていました。ですから、欠けのない、完全な夫のイエス様が私に与えられたのだと、信じることができたのですから。
これからは、この素晴らしい方の花嫁のように、この方を慕い、この方にすがり、この方だけにより頼んで生きてゆこうと思いました。それからは、イエス様は本当に、私のそばに来てくださるようにもなったのです。何をするにもこの方に問いかけます。この方から決して離れることのないように、愛された花嫁として、ほほを染めて髪を編んで暮らします。ぴったりこの方に寄り添って生きてゆくことに召されたのです。
その誇りは、掃除人としての仕事にも表れたことでしょう。本当の自尊心がなければ、便所の床や便器の裏を磨くことを喜ぶことはできませんでした。私はより誇りを持って仕事ができるようになりました。
小さな家でイエス様と共に暮らし、少しずつではありますが自分の体に刃を当てることも少なくなっていきました。それでも、ベッドの上で目覚め、休日であるのに行く所も、することも見当たらない寂しい朝に襲われる日もあります。
‘誰からも必要とされていない’ そんな悪霊のささやきに、心惹かれてしまうこともありました。私はイエス様を呼ぶことも忘れ、ふらふらとカッターナイフを手に取って、腕を切りつけてしまっていました。そして甘い悲しみに浸っていたとき、ふと、庭が輝いていることに気付いたのです。ぼうぼうの雑草が、朝露を浴びて虹色に、きらきらと輝いて誘っています。
私は腕に血をにじませながらふらふらと、はだしで庭におりていました。土は湿り気を帯びて、優しく私を支えました。ハート形の葉っぱに、白い十字の花がたくさんきらめいておりました。嫌われ者のドクダミさん。しかし今日の私にはなんと麗しくそれが見えたことでしょう。十字の真白い花は、‘この世の嫌われ者、無用な者の所にこそ、わたしはいるのだよ’ とイエス様が語っておられるようでした。そういえば、「ドクダミはとっても役に立つ薬である」ことを、どこかで聞いたことを思い出しました。私はハート形の葉を細かくちぎり、それを腕の傷に当てました。ひんやりとした葉がそっと傷を包み、癒やしてくれるようでした。葉からにじむ液が、イエス様の涙のように温かく私の傷を癒やしてくれるのを感じました。
土の上に座り込み、雑草の一つ一つまで、神様が私たちを愛して作られていることに目が開かれるようでした。私はそのまま土の上に身を横たえ、朝露でほほを濡らしながら、神様の創られた土や草を感じました。すると見えてくるようでした。いつかエデンの園で、神様はどれほどに完全に一つ一つの被造物を、愛を込めて創られたのか…。
原初の世界はどれほどに愛と輝きに満ちた世界であったのでしょう…。その世界のなごりが、この世界にはあふれています。無用なものなど一つもなく、神様に喜ばれていない命など一つもなく、すべてあなたの愛のうちに意味を持って芽吹き生かされているのです。
ふと何かが頬をくすぐって、私を起こそうとしていました。目を開くと、ぼさぼさのサビ猫が、私に頭突きをしていたのです。
「なあに?おばちゃんと遊んでくれるの?」私はサビ猫に聞きました。サビ猫は喉を鳴らしながら、頭をこすりつけるのです。「じゃあ、私と一緒に暮らすかい?」私はサビ猫に聞いてみました。サビ猫はうなずくようでした。
「だったらこうしていられない。おまえの名前も考えなきゃならないし、ご飯だって買いに行かなきゃね。体もきれいに洗わなきゃ、一緒に寝ることもできないんだから」。私はサビ猫を抱き上げて、せわしなく家に入ったのです。「お腹すいてるだろうから、とりあえず、猫まんまでゆるしてね」
そんなふうにして、次第にわが家はにぎやかで、大忙しの大騒ぎになっていったのです…。(つづく)
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ところざきりょうこ
1978年生まれ。千葉県在住。2013年、日本ホーリネス教団の教会において信仰を持つ。2018年4月1日イースターに、東埼玉バプテスト教会において、木田浩靖牧師のもとでバプテスマを受ける。結婚を機に、千葉県に移住し、東埼玉バプテスト教会の母教会である我孫子バプテスト教会に転籍し、夫と猫4匹と共に暮らしながら教会生活にいそしむ。フェイスブックページ「ところざきりょうこ 祈りの部屋」。※旧姓さとうから、結婚後の姓ところざきに変更いたしました。