まだマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)が存在しなかった2002年5月、ニューヨークの摩天楼を本当にスイングしているかのような浮遊感を味わえるヒーロー映画として、「スパイダーマン」が公開された。主演はトビー・マグワイア。当時はちょっと暗めの青年役をこなすことが多い演技派俳優だった。しかし、この一作で彼はスターダムにのし上がる。その後、同作の監督サム・ライミの手によって3作目まで製作された。しかし、4作目はキャスティング前に計画が頓挫。リブート企画として12年に復活するまで、「尻すぼみシリーズ」の典型として記憶されてしまうこととなる。
続くリブート作の「アメイジング・スパイダーマン」はもっと悲惨だった。主演は、映画「沈黙」で葛藤する神父役が印象的だったアンドリュー・ガーフィールド。前シリーズとの差異化を狙いながらも、オリジナリティーをうまく出せたとは言い難く、それなりのヒットを記録したにもかかわらず、2作目で留まり、3作目の製作は立ち消えてしまった。
その後はひとひねり加えられ、MCUの世界にアベンジャーズの「新人キャラ」として、スパイダーマンが16年の「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」に突如登場する。ここから本作「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」につながる、トム・ホランド演じる「親愛なる隣人」としてのスパイダーマンの物語が語られていく。17年の「スパイダーマン:ホーム・カミング」から始まった、このさらなる単体リブートシリーズは、19年に2作目「スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム」が公開。その後、マーベルとソニー・ピクチャーズとの確執が原因で続編製作が頓挫するという悲しいニュースもあったが、結果的に両社が和解することで3作目にして完結編となる本作が無事に公開の運びとなった。
なぜこんなややこしい話を冒頭に持ってきたのかというと、「スパイダーマン」の物語(映画シリーズ8作品)がどれほど愛されてきたかを知ってもらいたかったことに加え、最終的に「リブート」という憂き目に遭うという意味では、いかに「呪われたシリーズ」であったかを理解してもらいたかったからである。
とはいえ、本作はそんな愛憎入り乱れたシリーズを見事に着地させ、しかも各々のシリーズの欠落点を最高の形で昇華させている。端的に言うなら、本作は「贖罪(しょくざい)」の物語である。映画製作という一大プロジェクトに関わったすべてのスタッフ、キャスト、監督の無念を晴らすとともに、物語上どうしてもビラン(悪役)として描かざるを得なかった人々(キャラクター)の怨念を浄化するという意味でも、文句のつけようのない「救い」を与えている。まだ公開中なので、一切のネタバレを控える(映画情報誌掲載程度)が、20年近くこのシリーズをリアルタイムでたどってきた筆者にとって、まさかこんな感覚にとらわれる映画人生が来るとは、というのが率直な感想である。
本作が独特なのは、「マルチバース」という世界観を持ち出していることである。科学的な説明は省く(というか、そこに本作の力点はない)が、要するに「出会うはずのなかった人たちが出会ったらどうなる?」という「もしも」を一つの時空間の中に詰め込んだということである。この考え方は、クリスチャンならよくするだろう。例えば、故人について「今ごろ天国でイエス様と楽しく語り合っているだろう」と考えるのは、いわば信仰的想像物語である。確かにそんなことを想像するのはよいが、そうしたことのみをいつまでも考えてばかりはいられない。でも、それを思わずにはいられないのが信仰者の常であるとしたら、本作は大いに励ましとなるだろう。マルチバースは、クリスチャンにとっての「天の御国」のメタファーといってもいいだろう(このあたり、もう少し時間がたってからネタバレありで語りたい!)。
本作は、「スパイダーマン」シリーズのテーマ「大いなる力には、大いなる責任が伴う」を骨太に描き出している。それは、単にビランを倒すことで解決するわけではない。文字通り、悪「役」として演じてきたキャラクターにも人生があり、夢があり、希望があった。それを「役」の故に正義のヒーローによって殺されてしまう。だが作品が世に出れば、鑑賞した人々のさまざまな「思い」が作品に付いて回るようになる。そこに生まれる疑問、疑念、そして時として文句のような感想を、本作は救ってくれるのである。
これなど、私たちが聖書を読む営みに似ている。何度も、何度も聖書を読む。そして「どうしてイエス様はこんな言動をするのか」とか、「この箇所、よく分からないな」、または「絶対にこんな展開はいやだ」と、難解さを感じたり、時には不条理感を伴った感想を持ったりするだろう。そしてある時、説教などで問題の箇所の解釈を聞く。すると今までよく分からなかった箇所が、別の聖書の箇所と連関させられることで、霧が晴れるように一気に納得へと導かれる――。そして最後に、神の計画、その知恵深さに感嘆させられ、心が洗われたような感覚にさせられる。
本作は、20年も続く「ピーター・パーカー(スパイダーマン)物語」の「負の感情」を一気に解放してくれる傑作である。シリーズのテーマ「大いなる力には、大いなる責任が伴う」を地で行くように始められたブロックバスター映画における未回収の問題を、しっかりと責任をもって回収し、昇華させている。もしかしたら、2022年最初にして最大の作品かもしれない。ぜひお早めに劇場へ!
■「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」予告編
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