映画を鑑賞する醍醐味(だいごみ)はいろいろある。私の場合、シリーズ物の続編を観るのも一つである。こちらの期待値以上のアイデアやスペクタクルがこれでもかと詰め込まれ、満腹状態にしてもらえたとき、生きている喜び(?)を実感できる。一方、こういった「映画鑑賞の王道」の真逆にありながら、それでいて忘れられない一本となるのが、特に期待することなく、「どうせこんなものだろう」と、ある意味「なめて鑑賞」したところ、思いもよらぬ傑作だった、というパターンである。これまで評してきた作品では、「ちはやふる 上の句」などがこれに相当する。「ただのアイドル映画でしょ?」と思っていたら、それをはるかに上回る出来で、今では多くの人にお勧めする一本となっている。
今回紹介する「雨とあなたの物語」は、断然後者の作品である。今はやりの「韓流ブーム」に乗って、ネットフリックスやアマゾンプライムでは、数多くの韓国映画やドラマシリーズが放映されている。また、映画館でも韓国映画が必ずどこかで上映されている。そんな中、「いかにも」という構図の映画ポスターを見せつけられると、「私の趣味ではない」と言ってしまいたくなる。しかし、そうしなくてよかった。心からそう思う。本当に観てよかった。
本作は確かに「韓流ラブストーリー」の系譜に連なる作品である。恋愛ドラマと思っていたが、実はホラーでした!みたいなツイストはない。だから、美男美女が繰り広げる恋愛群像劇とひとくくりにすることもできる。しかし、本作のテーマとなっている「雨」と「待つこと」にじっくりと向き合うとき、単に旬な俳優たちを用いた「キラキラ恋愛映画」ではないことが見えてくる。そしてラスト・・・(ネタバレになるので書けない!)。本編は、作品タイトルとエンドクレジットが始まっても、絶対に席を立ってはいけない。最後に「アレ」があるから!(と、これくらいにしておこう)
内容としては、50過ぎのおじさんが好んで観るような導入ではない。2000年代前半の韓国。当時はまだスマホもSNSもない時代である。浪人生のヨンホ(カン・ハヌル)は、小学生時代の同級生の女の子ソヨン(イ・ソル)に一通の手紙を出す。彼は小学校時代の運動会で転んでしまい、その傷口の手当てのためにハンカチを差し出してくれたソヨンに今でも淡い恋心を抱いていたのである。しかし今、相手がどんな状況で、何をしているかも分からない。そんな不安を抱えながらも興味本位で出した手紙が、後の彼の人生を大きく変えていくことになる。
送った手紙は、まるで水面に投げ込まれた小石のようにヨンホの心に水紋を生み出し、次第に大きくなっていく。一方、送った手紙は古書店で働くソヒ(チョン・ウヒ)が受け取っていた。彼女はソヨンの妹であった。彼女には姉に関する「ある秘密」があり、それを差出人のヨンホに知られないようにしながら、「姉になりすまして」手紙の返事を書くようになる。ここから2人を取り巻く日常に彩りが生まれるのだった。
ヨンホはついに彼女(ヨンホの中ではソヨン)に会いたいと手紙を書く。しかしソヒは、最初の手紙で「絶対に会いに来ないという約束で文通しよう」と伝えていたため、彼の申し出を断ってしまう。そもそも会いに来られたら、自分がソヨンではないことがバレてしまう。
しかし、気持ちの高まりを押さえられないヨンホはある提案をする。「12月31日、もし雨が降ったら、小学校の跡地で会いましょう」と。しかし、なかなか大晦日に雨は降らず、8年の月日が過ぎていく――。
本作は、大人になってからは一度も会ったこともないかつての同級生をひたすら「待ち続ける」男性の物語である。同時に、スマホやSNSでは決して味わえない「手紙」ならではのタイムラグのもどかしさが全編を彩っている。何度も読み返し、どんな気持ちでこの一文字一文字を書いたのだろうか、と思いをはせる。そんな前時代的ではあるが、見えない相手をおもんぱかることのできた良き時代へのノスタルジーがある。
しかし、それだけではない。「雨が降ったら会いましょう」という提案がどうして生まれたかは作品の中で分かりやすく描かれているので割愛するが、「雨を待ち望む」という考え方は、実は聖書の世界観にぴったりである。梅雨をうっとうしいと思ってしまう私たち日本人には少し理解し難いことだが、実は聖書の中に雨を歓迎しない箇所は存在しない。すべてが「恵みの雨」ということになっている。
そして、本作もまた「雨を待ち望む」物語である。「雨が降ったら彼女に会える」。そう一途に思い込むヨンホの心情がスクリーンから痛いほど伝わってくる。そして観ているこちら側も「雨よ、降れ!」と思わず握りこぶしを作ってしまう。
果たして、ヨンホはソヨンに会えるのか。代筆というより「人物詐称」で手紙のやりとりを始めてしまったソヒは、彼の提案をどう受け止めるのか。
観終わって思うことは、雨を降らすことのできる力を持つ神様が、この映画の登場人物たちを温かく見守っているのではないか、ということである。雨はうっとうしい、と思っていては決して味わえない感動がある。もしかしたら今年一番の収穫となる作品かもしれない。確実に「忘れられない一作」となったことは確かである。ぜひ劇場に足を運んでもらいたい。そして、神様からの「恵みの雨」を体験してもらいたい!
■ 映画「雨とあなたの物語」予告編
◇