ジョン・ウェスレーは、英国国教会から締め出されたときから巡回伝道を始めたといわれている。彼は馬に乗ってロンドン、オックスフォード、ニューゲート、アルダス・ゲート、ムーアフィールド、ウェールスに至るまで福音を伝えて回った。
国教会の人々は、ウェスレーを締め出しただけでは飽き足らず、新聞や雑誌などに悪口を書き続けた。大衆は訳も分からないままにこの言葉に踊らされ、面白がって彼の悪口を言ったり罵倒したりするのだった。どの町に行っても必ず路地にメソジストの仲間たちと一緒に彼の似顔絵が掲げられ、その下にあくどい言葉が書かれていた。しかし、ウェスレーはこうした迫害に屈することなく巡回伝道を続けたのである。
1739年5月2日。彼は炭坑の町ブリストルで初めて野外伝道を開いた。この時、約2千人あまりが集まっていたが、彼が聖書を読んで語り始めると、彼らは訳の分からないことを口走りながら殺到した。そこへ、どこからともなく武装した警官が2、3人姿を見せた。てっきりウェスレーは自分を捕らえに来たのだろうと思ったが、ひるまず続けた。「この英国も、そして世界中も今暗黒の中にいます。それは、私たちすべての人間の罪のためなのです。しかし、その暗黒の中に光がもたらされました。イエス・キリストの十字架の贖(あがな)いです。ここにすべての希望がかかっているのです」
「やい! 何だってわれわれを罪人呼ばわりする。人殺しや強盗を働いたわけじゃないのによ」。一人が進み出ると、ウェスレーの胸ぐらをつかんですごんだ。「皆同じく罪人なのです。あなたも、私も、この地の人々も、世界中の人々も――。しかし、そんな罪人である私たちを、神様は愛してくださった。皆さん、イエス・キリストの名を呼び求める者はすべて救われます」。突然、暴徒たちが押し寄せてきて、ウェスレーを壇から引きずり降ろした。そして、殴ったり蹴ったりし始めた。「生意気な説教をするな! くたばっちまえ!」
その時である。いきなり先ほどの警官がやってくると暴徒たちを片っ端から捕らえて連れ去った。「けがはありませんか?」一人の警官が彼に手を差し伸べて助け起こしながら尋ねた。この時、ウェスレーは自分の思い違いを悟った。敵と思っていた彼らが実は神の使者だったのである。「おまえたち、この人が言っていること分かるか?」警官はガヤガヤ騒いでいる群衆に向かって言った。「私はこの人の言ったことがよく分かるぞ。どんなに偉そうにしている人間だって、神様の前には罪人だ」
「そういうことだな。よく分かったよ」。何人かの者が、声をそろえて言った。「私らは、神様の前に罪を悔い改めなくちゃならないんだ」。この時、ウェスレーの両眼から涙があふれ出した。彼はありったけの力を振り絞って「罪人を招きたもうキリスト」という題で説教した。この時、彼は自分を迫害し続ける英国国教会の者たちとも兄弟として愛し合える気がしてきた。キリストの愛のもとでは、敵対する者たちもすべて兄弟になるのだ。
この集会で、100人以上の者が悔い改めて洗礼を受けたのだった。彼を守ってくれた3人の警官もその中に含まれていた。さらに奇跡のようなことが続いて起きた。身分の卑しからぬ紳士がつかつかとウェスレーの所にやってくると、ずっしりと重い金袋を差し出して言ったのである。「この地に先生が来られることを知って、少しずつ貯金しておりました。どうか、これを神様のご用のために使ってください」。そして、献金を渡すと立ち去った。「そうだ。これを用いてこの地に教会を建てよう」。彼はその時、こう決心した。
1739年5月12日。このブリストルの地に最初のメソジスト教会が誕生した。「ホーリー・クラブ」解散後、各地に散っていたかつての仲間たちも続々と戻ってきた。この日。礼拝後に最初の宣教のための討議が会堂で行われた。第一にメンバーは英国各地を巡回して伝道を行うこと。第二に各地に浮浪者の保護施設や学校、孤児院などを建てるための募金をすること――などが決められ、その後一同はチャールスが作った賛美歌「主イエスのみいつと」(讃美歌62番)を高らかに歌った。
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<あとがき>
英国国教会から締め出されたウェスレーは、馬に乗って各地に福音を伝えて回りました。英国国教会の人々は、彼を締め出しただけでは飽き足らず、新聞や雑誌に悪口を書いたり、あくどい似顔絵やポスターを町の辻に貼ったりと、迫害を続けました。そして、ブリストルで野外伝道を行ったときには、暴徒たちから殴る、蹴るの暴行を受け、まさに彼はピンチに陥り、進退きわまったという状態でした。しかしこの後、不思議な神様の助けがありました。
彼を捕らえに来たと思われた警官が、逆に彼を暴徒から守ってくれた上に、弁護までしてくれたのです。この時、ウェスレーは「キリストの名のもとでは、敵対する者も兄弟になれる」という信念を強く持ち、英国国教会の人たちを心からゆるすことができたのでした。恩寵はまだ続きます。彼の説教に感動した一人の富豪が金貨の詰まった袋を献金としてささげました。この献金によって、この地に最初のメソジスト教会が建てられたのです。
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栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)
1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。80〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、82〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、90年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)、2003年『愛の看護人―聖カミロの生涯』(サンパウロ)など刊行。12年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。15年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝のWeb連載を始める。その他雑誌の連載もあり。