メソジスト教団はウェスレーたちのめざましい働きにより大きく成長してゆき、会員も32名を超えた。彼らはその趣旨の通り、徹底して社会から見捨てられた人々――生活困窮者、身寄りのない者、病人、そして死刑囚に寄り添い、彼らに福音を伝えて回ったのである。
アルダス・ゲートの回心後、ウェスレーはクリフトンの教会に招かれて説教をすることになった。この教会は上流社会の豊かな生活をする人々ばかりが集まっていたが、彼らはただ形式的に礼拝を守り、説教を聞くだけで、その心は社交のことや遊びのことでいっぱいであった。そして、物質的に何不自由なく生活していたので、貧しい兄弟や不幸な人々の苦しみを思いやることもなく、毎日を面白おかしく過ごすだけであった。ウェスレーは、彼らの中にも病があることを見て、こう説教で語った。
「人間を堕落させるものは、飢えでもなければ劣悪な環境でもありません。それは物質的な欲望です。人は多く与えられ過ぎると、隣人のことを思いやる気持ちをなくします。飢えに泣く人や、その日のパンにこと欠く人が町にあふれているというのに、裕富な人の多くは見て見ぬふりをし、自分のことだけを考えているのです。だから、多く与えられている人は、それを不幸な兄弟と分かち合うべきです。その愛の心こそ、決してお金で買えない、神から与えられた贈り物なのです。クリフトンの教会の皆さん! どうか災いの中から救われるために、その財産の一部を恵まれない人々に分かち与え、病人や身寄りのない者、孤児たちを見舞う愛の奉仕をなさってみてください。そうすれば、心が豊かになり、内なる賜物は一層祝福され、幸いをもたらすでしょう」
今までこのような説教をした人はいなかったので、教会員は憤慨した。「まあ、何て失礼なことを言う牧師さんでしょう」。ある貴族の夫人がこう言って席を立つと、教会員たちは1人去り、2人去り、とうとう誰もいなくなってしまった。
この教会は英国国教会に属する教会だったので、以後これらの教会に属する者たちはウェスレーを嫌悪し、彼はこの時からいや応なしに英国国教会と対立状態になるのである。彼はその後、ペンスフィールドで説教する予定になっていたところ、その前日に教会から手紙が届いた。彼が狂信者だといううわさがあるので、説教を見合わせたいという内容だった。そして申し合わせたように、各地の国教会は彼との交流を断ってしまった。
しかしウェスレーは、こうした嫌がらせに屈することなく、メソジストのグループと共に病院を回り、病床に伏す人々に福音を語った。また刑務所を訪れ、死を待つ哀れな人々に永遠の命を伝えた。これら社会から見捨てられた人々は、むさぼるようにウェスレーが語る言葉を聞き、神の言葉を受け入れた。ウェスレーたちのこうした働きをあざけっていた町の人たちも、次第に理解を示し始め、やがてはメソジストというあだ名も尊敬と愛情を込めた親しいものに変わっていったのである。
そんなある日。ウェスレーはボスという小さな町の教会で説教することになった。「あまり聴衆を刺激するようなことを言わないでくださいよ」。その教会の牧師はこう言ったが、ウェスレーは、身分の高い人も低い人も、また貧しい人も富める人も等しく罪人であり、それ故にキリストの救いにあずかるよう招かれているのだと語った。すると、会衆はざわめき始めた。その時、ボー・ナッシという町の有力者が立ち上がると、つかつかと説教壇の所にやってきた。
「これは国教会条令に反するもので、聴衆を惑わすものだ。あなたは教会と神を敵に回している!」しかし、ウェスレーは静かに言った。「私が福音を伝えるべき人たちは、心貧しく福音に飢え乾いている人たちです。彼らは自分を誇らず、素直にみことばに耳を傾けますから」
すると、ボー・ナッシ氏は、それなら聴衆に聞いてみようと言った。その時、一人の老婆が立ち上がると言った。「私らは自分の魂のことを心配しています。そして、その魂の糧を頂くためにここに来ているのです。でも今、一番豊かにそれを頂きました」。そして、キラキラ光る目でウェスレーを見上げて、深々と一礼したのだった。
礼拝を終えて外に出ると、どうだろう! 教会の庭から外、通りに至るまで、ぎっしりと人で埋まっていたのである。ウェスレーの胸には潔(きよ)い炎が再び燃え上がるのだった。
*
<あとがき>
ウェスレーは生涯英国国教会の迫害に苦しめられましたが、その最初のきっかけは、クリフトン教会における説教にあるといわれています。彼は上流社会の裕福な人々ばかりが集まるこの教会で、「人間を堕落させるのは飢えでもなければ劣悪な環境でもない。人間は与えられ過ぎると物質主義に支配され、生活困窮者や社会的弱者たちのことを顧みることができなくなるのでそれが彼の人格をおとしめるのだ」と語り、持てるものの一部をこうした不幸な人々を救済するためにささげなさいと勧めました。
この説教に会衆は憤り、彼は国教会の条令に反する異端者であるとの烙印(らくいん)を押されてしまいました。その後説教を予定していた教会からはことごとく断られ、ある所では暴徒に暴行されかけました。しかし、こうした迫害の嵐の中でも、ウェスレーの心には平安がありました。福音は最も小さな者、社会から見捨てられた者のためにこそあるのだという揺るぎない確信の火が燃え続けていたからです。
◇
栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)
1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。80〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、82〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、90年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)、2003年『愛の看護人―聖カミロの生涯』(サンパウロ)など刊行。12年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。15年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝のWeb連載を始める。その他雑誌の連載もあり。