英国からはるか遠い米国のジョージア州。ここは未開発の地で、原住民の多くはインディアンによって占められていた。英国の植民地であるために、総督オグレソープ将軍と20人の評議員によって統治されていた。オグレソープ将軍は寛大な心を持ち、原住民を虐げることなく、また評議員相互の調和を図りながらこの地を治めていた。
しかしながら、彼はいつの頃からか、原住民に良い感化を与えるためには政治や法律では限界があることを感じ始めていた。インディアンたちは人なつこく、英国人が自分たちを虐げることがないと知ると心を開き、総督官邸にかぼちゃの種を持ってきてくれたりした。しかし、彼らは多くの奇妙な習慣を持ち、迷信や因習にとらわれて生活していた。さらに、性格的には激しやすく、何かあると集団になって暴行を働き、破壊行為に走るという特性を持っていた。
(彼らを目覚めさせ、その生活を向上させるには教育が必要だ。だが、いかなる立場で、いかなる教育をしたらいいだろう?)オグレソープ将軍は、ようやくそれがキリストの福音であることに気付いた。そうだ、この地に宣教師を送ってもらおう。彼はただちに評議員たちと相談をした。しかし、彼らは英国本土からこのようなへき地に来るような宣教師はいないと考え、この案には否定的であった。
オグレソープ将軍は、密かに神に祈った。(神様、どうかこの未開の地に、宣教師をお送りください。)彼がひざまずいて祈る姿は、黒いシルエットになって映し出された。
ところで、故郷エプオースからオックスフォードに戻ったウェスレー兄弟を待ち受けていたのは、以前にも増して激しい憎悪や嘲笑と「ホーリー・クラブ」解散という悲しい知らせだった。そしてある日。2人は大学に呼び出され、理事や役員、そして教授たちから退職処分にする旨を申し渡されたのである。神聖な学問の殿堂を狂信的な信仰で汚したというのがその理由だった。
「さあ、きみたちは解雇だ。この退職願いに署名をしてもらいたい」。2人はペンをとると、それぞれ署名をした。そして、大学を後にした。
「とうとうこの大学も追われたか」。「でも、きっと神様は助けてくださるよ」。彼らは取りあえずジョンの部屋に行き、一緒にひざまずいて、どうかこれからの道をお示しください――と祈った。その時、不思議なことであるが、ジョンの目の前に一人の人間が祈る姿がシルエットのように浮かび上がった。
「どこかで、誰かがわれわれを必要としているよ」。彼は思わず叫んだ。その時である。いきなりドアがコツコツと叩かれると、管理人が手紙を持ってきた。それは故郷エプオースから、母親のスザンナ・ウェスレーが書いてきたものであった。
愛するジョン。突然の話ですが、お父様が以前親しくしていたオグレソープ将軍が今はアメリカのジョージア州の総督になっておられ、現地で宣教師を切実に求めていることを手紙で知らせてきました。それでジョン、もしあなたが福音を地の果てまで伝えたいと願っているなら、どうかインディアンたちにイエス・キリストの愛を伝えてあげてください。――とはいえ、これはあくまであなた個人の意志ですから、よく考えて一番良いと思う道を進んでください。
あなたの母、スザンナ・ウェスレー
ウェスレーは、この手紙こそ、自分を新しい働きへと召される神の導きと確信した。チャールスも同行を希望したので、2人は大学のポーター監督から按手礼(伝道者を送り出すときに、頭に手を置いて聖別すること)を受け、オグレソープ将軍の秘書官という名目で現地に赴くことになった。「ホーリー・クラブ」の仲間であるベンジャミン・インガムとチャールス・デラモットの2人も現地へ同行してくれることになった。
こうして1735年10月14日。ウェスレーは弟チャールスと2人の友人らと共にジョージアに向かって出帆したが、ビスケー湾に船が差しかかったとき、突然嵐に見舞われた。この時、一緒に乗り合わせていたドイツモラヴィア派の信仰者たちが、胸まで水につかりながら賛美歌を歌う姿を見て、ウェスレーは感動し、彼らから信仰の在り方を学び取ったのだった。
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<あとがき>
エプオースからオックスフォードに戻ったウェスレー兄弟を待ち受けていたのは、「ホーリー・クラブ」の解散という悲しい知らせでした。さらに2人は理事や教授たちに呼び出され、退職処分にされてしまったのです。しかしこの時、奇跡が起きました。彼らが祈っていると、突然目の前にシルエットのように祈る人の姿が浮かび上がってきたのです。ちょうどこの時、ドアがコツコツと叩かれ、管理人が手紙を持ってきました。故郷エプオースからで母のスザンナの手紙でした。
それには、亡き父サムエル・ウェスレーが以前親しくしていたオグレソープ将軍がジョージアの総督となったこと、そして現地のインディアンたちに福音を伝えるべき宣教師を送ってほしいと切望しているので、ぜひ現地に行ってほしい――という内容でした。それこそ神の導きであると確信した2人は、「ホーリー・クラブ」のメンバー2人と共に未開発の地、米国のジョージアへと旅立ったのでした。
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栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)
1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。80〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、82〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、90年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)、2003年『愛の看護人―聖カミロの生涯』(サンパウロ)など刊行。12年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。15年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝のWeb連載を始める。その他雑誌の連載もあり。