1966年に起きた一家4人の殺人事件で死刑が確定し、半世紀以上無実を訴え続けているカトリック信者の袴田巌(はかまだ・いわお)さん(84)について、最高裁は22日、再審開始を認めないとする東京高裁の決定を取り消し、高裁に審理を差し戻した。国内メディアが23日、一斉に報じた。
事件をめぐっては静岡地裁が14年、袴田さんが当時勤めていたみそ製造会社のみそのタンクの中から発見された袴田さんのものとされる犯行時の衣類について、衣類に残っていた血痕が、弁護側のDNA型鑑定の結果、袴田さんや被害者のものと一致しないことが分かったとし、新証拠として認定。衣類が事件の1年2カ月後に発見されたこともあり、捏造(ねつぞう)の可能性もあると示唆し、再審開始を決定した。同時に、刑執行と拘置の停止を命じ、袴田さんは逮捕から約48年ぶりに釈放された。
しかし、検察はこれを不服として即時拮抗。東京高裁は、新証拠とされたDNA型鑑定の結果の検証を、検察側推薦の鈴木広一・大阪医科大学教授に依頼。鈴木氏は、弁護側の本田克也・筑波大学教授が行った鑑定手法を否定する報告書を提出した。これを受け、東京高裁は18年、「鑑定結果を信用できるとした判断は不合理」とし、再審開始を認めない決定をした。
弁護側は、これを不服として最高裁に特別抗告。NHKの報道によると、最高裁はDNA型鑑定については、「衣類は40年以上、多くの人に触れられる機会があり、血液のDNAが残っていたとしても極めて微量で、性質が変化したり、劣化したりしている可能性が高い」とし、鑑定は非常に困難な状況で新証拠としては認められないとした。しかし、衣類に付着した血痕の色の変化に関しては、「1年余りみそに漬け込まれた血痕に赤みが残る可能性があるのか、化学反応の影響に関する専門的な知見に基づいて審理が尽くされていない」とし、高裁に審理を差し戻した。
一方、今回の最高裁の決定は3対2で意見が分かれた。NHKによると、再審を求める特別抗告で裁判官の意見が分かれるのは異例だという。反対した裁判官2人は、再審開始を求める反対意見で、技術の進展があり、DNA型鑑定の信用性を否定すべきでないと主張。また、みそのタンクの中から見つかった衣類の血痕については、再現実験において1カ月で赤みが消失しているとし、衣類が犯行直後ではなく、発見直前に第三者によって隠された可能性があるとし、再審開始を認めるべきだと主張した。
袴田さんに対する刑執行と拘置の停止は、東京高裁も認めており、今回の最高裁の決定でも維持されるため、袴田さんは引き続き釈放の身となる。
1936年、静岡県雄踏町(現浜松市)に生まれた袴田さんは59年に上京し、プロボクサーとして活躍した。その後、同県清水市(現静岡市清水区)のみそ製造会社に勤務。66年6月30日未明に、同社専務の男性方から出火し、男性を含む家族4人が亡くなる事件が発生した。袴田さんは同年8月に容疑者として逮捕され、連日長時間の取り調べを受けて「自白」。公判では無罪を主張したが、80年に最高裁で死刑が確定した。
84年のクリスマスイブに、獄中で教誨師の故・志村辰弥神父から受洗。獄中では聖書を読んでは祈っていたという。92年には、獄中で書きつづった身の潔白と再審を願う祈り、家族への思いなどが支援団体の編集でまとめられ『主よ、いつまでですか』(新教出版社)として出版されている。昨年11月にローマ教皇フランシスコが来日した際には、東京ドームで行われたミサに招待され出席していた。