世界福音同盟(WEA)の次期総主事に選出されたトーマス・シルマッハー氏は、世界の福音派が今日直面している最大の危機は、世界規模で「聖書リテラシー」(聖書を正しく理解し、用いる能力)の低下が進んでいることだと話す。
シルマッハー氏は米クリスチャンポストの取材に、「私たちが直面する最大の問題は、聖書的知識が薄れつつあることです。これは、神学的相違や財政問題、政治問題を凌駕(りょうが)する最大の問題です」と語った。
スイスと米国で神学を学び、現在、WEAの神学問題担当総主事補佐を務めるシルマッハー氏は、西側諸国では「真に聖書に根ざしていない福音派出身の子どもたちが増えている」とした上で、そうした子どもたちの多くは信仰を離れると語った。「西側諸国では、信仰にとどまるクリスチャンホームの子どもたちの割合が減少しています」
シルマッハー氏によると、西側諸国で信仰を離れる若者の数は、他の地域でクリスチャンになる若年成人の数と「拮抗(きっこう)している」という。しかし、他の地域で救われた若いクリスチャンの聖書知識も浅く、「彼らが聖書に関して知っているのは救われたときに学んだことだけです」とシルマッハー氏は言う。農村地域では、聖書や神学の知識が不足しているにもかかわらず、若いクリスチャンが大教会を指導する責務を担っている場合が多い。
「とても多くの人が信者になっているため、信仰歴が一番長い人が教会の指導者になるのですが、3年くらいで指導者になっていきます。私たちにとっては短いのですが、彼らにとっては長いわけです。回心する割合が世界中でそのように高いことから、訓練や教育、聖書知識を伴うフォローアップが極めて困難です。その結果、信者の知識は乏しくなり、世俗主義に心を開いてしまいます。『健康と富』の福音など、奇妙な教えに対してもそうです」
米キリスト教世論調査会社「バーナグループ」と米国聖書協会(ABS)が発表した報告書「聖書の状況2020」によると、毎日聖書を読んでいると答えた米国成人は今年、19年初頭の14パーセントから9パーセントに低下した。これは過去10年で最低の数字だった。新型コロナウイルスの感染拡大の影響も指摘されたが、米国でも聖書離れが進んでいることがうかがい知れる(関連記事:コロナで聖書に費やす時間減少、教会における人間関係が影響 米聖書協会が調査)。
シルマッハー氏によると、WEAは教会指導者の訓練不足という「危機的状態」に対応するため、アウトカム・インパクト評価(結果と影響に基づく評価)による、広く認められた世界的な基準を提供しようとしている。
「これは私たちの取り組みの一つにすぎませんが、極めて重要なものです」とシルマッハー氏は強調した。「福音派がもはや聖書を知らないなら、私たち(福音派)が聖書運動である意味を成しません。私たちには聖書の他に何もありません。私たちが何を信じているにせよ、私たちに教皇はおらず、一致を保つ枠組みもありません。私たちはじっくりと聖書を学び、聖書を理解し、主の働きに向けて適切な備えを受ける必要があります」
シルマッハー氏は来年3月1日、WEAの実務的なトップとして、現職のエフライム・テンデロ総主事の後を引き継ぐ。
世界中の信教の自由に関わる問題に情熱を注ぐシルマッハー氏はこれまで、WEAの信教の自由委員会委員を務め、国際宗教自由研究所(IIRF)を設立し、WEAの宗教内・宗教間関係事務所の設立に貢献したほか、神学委員会委員長や人権大使を務めてきた。
シルマッハー氏は、世界の6億人余りの福音派信者を代表するWEAの新しい責任者として、信教の自由が保障されている裕福な国と、クリスチャンが迫害されている国の「より緊密な連帯」に向けて努力したいと意気込みを語った。
「私は生涯、多かれ少なかれ迫害下のクリスチャンに関わってきました。世界中に信教の自由の危機があります。迫害下のクリスチャンの多くは、自分たちは忘れられているという印象を持っています。それは真実ではないかもしれません。私たちは、祈りの日に彼らために祈っているかもしれません。しかし、彼らはそれを知りません。多くの人が忘れられていると感じています。信者間の連帯のために取り組むことは、私の優先課題です」
また、カトリック教会に次いで世界で2番目に大きいキリスト教団体であり宗教団体でもあるWEAが、国連や公的な問題に関連する「あらゆる種類の問題において立ち上がる」ことを「普通のこと」にしたいと言い、福音派は常に信教の自由を推進する最前線に立ってきたと語った。
「世界的な規模という点では、私たちは最大の活動団体の一つです。確かにWEAは、宣教や伝道、信教の自由で知られています。しかし、私たちがそれ(世界的な諸問題への取り組み)をしなければならない主な理由は、伝道のためです。現在、クリスチャンになるほとんどの人は、信教の自由や人権を持たない国にいます。私たちはそういう人たちの味方をせずに、伝道を続けることはできません」
「これは私にとって極めて重要な目標です。福音派内外の人々は、WEAをどのように理解しているでしょうか。ある日は福音を伝える敬虔な人々だけれども、次の日は世界を良く変えたいと願う政治家だと理解しているでしょうか。いいえ、違います。両者は並行して行われなければならないのです」
シルマッハー氏は二極化が進む社会において団結することの重要性を強調した上で、福音の伝播(でんぱ)を阻む「最大の障害」はキリスト教界内の分裂だと強調した。
「私たちは、DNAとは何かについてもっと長く議論する必要があります。福音主義だけでなく、キリスト教についても同様です。私たちが共有しているのは聖書であり、イエスであり、福音です。私たちは協力する必要があります。それは、福音を宣(の)べ伝える際に互いに争わないようにするためです」
シルマッハー氏は、「私たちは神学に再び多くの時間を投資する必要があります。それは教団教派主義を復活させるためではなく、代替案が皆無ではないことを再確認するためです」とした上で、福音派内における「絶え間ない教会分裂」を嘆いた。
「私たちの目標は、キリスト教界全体が同じDNAを受け入れることでなければなりません。私たちが時間をかけて共通のDNAを見つけるなら、私たちを分け隔てている何千もの多種多様な神学が消えていくのは当然です。注意しなければいけないのは、キリスト教におけるこれらの中心的な教えが、些細なトピックと共に消えていくのは許してはならないということです。そうすれば、残るものは何一つないでしょう」