1846年の設立以来、世界の福音派コミュニティーに奉仕し、結束をもたらしてきた世界福音同盟(WEA)は、今日、世界の福音派信者約6億人を代表している。
一つの福音派のビジョンのもと、世界のさまざまな地域の福音派をまとめるのは大きな挑戦でもある。しかし、次期総主事のトーマス・シルマッハー氏は、新型コロナウイルスでさえ、WEAをより緊密にさせたとし、物事はポジティブな方向に向かっていると話す。
シルマッハー氏は、英国クリスチャントゥデイ(英CT)とのインタビュー(英語)で、福音による変革のために世界の福音派を動員するという使命において、WEAがどのように成長しているかについて語った。
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英CT:あなたは1990年代からWEAに関わってきました。それ以来、WEAはどのように進化し、成長してきましたか。
シルマッハー:私がWEAに関わり始めたとき、ショーウィンドウに何も並んでない巨大な店舗のように思えました。通りかかっても何もないよう思えるのですが、中に入れば入るほど、実は世界で2番目に大きな宗教機構であると気付くようになります。
元総主事のジェフ・タニクリフ氏は、このことを真に把握し、WEAについての認識を変えようとした最初の人でした。その時、私たちは彼に数字を提示しました。バチカンが圧倒的に最大の教会グループであるのに対し、福音派とWEAは実際には世界第2の世界的なキリスト教組織であり、世界教会協議会(WCC)よりも大きな組織であることを。
もちろん、私たちが霊的な問題について話しているとき、私たちがどれだけ大きいかは関心事ではありません。しかし、私たちがメディアや政治と関わっているときには、それはまったく違う話です。規模にはやはり意味があるのです。そして私は、これについて世界に知らせていかなければならないと感じました。なぜなら、当時福音派は自分たちが被害者だと感じる傾向にあったからです。私たちは自分たちに対するそのような印象を変える必要がありました。数字を見る限りはそうではないからです。
他にも、他の宗教グループとの対話の中でポジティブな発展が見られる分野があります。何年も前、WEAの信教の自由委員会がダライ・ラマを訪問し、スリランカの仏教徒による福音派への迫害について懸念を表明したとき、多くの騒ぎがありました。その時、私たちは仏教徒による福音派への迫害について話したいのであれば、他の誰に話せばいいのですか、と言いました。ダライ・ラマが実際にスリランカの仏教徒に手紙を書き、クリスチャンを迫害するのをやめてくれと言ってくれたことは、私たちにとってとても励みになりました。
それ以来、福音派の考え方に変化が起こりました。福音派はそのような対話をしても伝道に支障が出るわけではないと学んだからです。そして、この点において私はいつも強く出ていました。なぜなら、迫害されているクリスチャンのほとんどが新しいクリスチャンだという現実があるからです。ですから、私たちは単に人々を伝道して、彼らがクリスチャンになって脅迫されたときに、「私たちは、あなたを助けることはできません。私たちは伝道だけします」と言うことはできません。そうではなく、クリスチャンが迫害されているのであれば、私たちも彼らのそばにいなければなりません。
私たちが、イスラム教徒やバチカンと対話を始めたときも、同じような抵抗がありました。今では大多数の福音派は、このような対話を受け入れるだけでなく、それが伝道に逆らうものではないことを受け入れています。実際、私たちが接している人たちは、道端で普通の人々に混ざっているような人々では決してないのですから、それはむしろ伝道の一形態なのです。
英CT:WEAの歴史の中で、異なる国の福音同盟を束ねることは時に挑戦となりました。今では、よりまとまりのある組織になっているといえますか。
シルマッハー:それはジェフが総主事だったとき、実際に私に与えた課題でした。彼は賢明にも、福音派は神学に基づいているのであって、自分たち自身を守ることによっては、より多くの団結を得ることはできないと語ったからです。それは、聖書と神学を通してのみ得られるのです。ですから、私たちは神学委員会から始まって、そのために多くの投資をしてきました。
ジェフはその時、神学委員会が彼の非常に身近な存在となり、彼の相談に乗ってくれることを望んでいたと、私たちに話してくれました。彼は、私たちがWEAとして行うことや言うことが、私たちが奉仕するさまざまな世界の地域や各国の福音同盟に沿ったものであることを確認したいと思っていました。
私たちの最初の主要な仕事の一つは、WCCとバチカンと共同で作成した多宗教世界へのキリスト教の証しに関する文書、すなわち伝道のための行動規範でした(関連記事:「多宗教世界におけるキリスト者の証し:信仰の実践のための提言」全訳)。
私は、ジェフが私に言ったことを覚えています。もしこれがうまくいかず、各国の福音同盟が私たちに怒るなら、私たちは新しい仕事を探さなければならないかもしれない。そして文書を発表することになったとき、私は、その文言についてすべての国の福音同盟と話し、彼らはすべて同意したのでした。
それは大きな成果でした。自分たちの国だけで決めていいのだったら、バチカンと何かをすることを望んでいないだろうという福音同盟が幾つかあったのですから。しかし私はいつも、枢機卿や教皇には、新聞を通して私たちの立場を読んでほしくないと言ってきました。彼らは私たちから聞くべきなのです。そしてその後、バチカンが世界代表司教会議(シノドス)で、福音主義的な観点からの伝道について彼らに話すようにジェフを招待しました。私はその時、これが伝道であることをWEAのメンバーに言いました。200~300人の枢機卿と司教でいっぱいになった部屋で、伝道が何であるかを話すことは、伝道のための良い時間です。それは妥協ではないのです。
私は、すべての地域や全国的な連合体との幅広い神学的議論に投資したことが実を結んだと考えます。そして今、ある問題について話すときに、WEAとしての私たちの声がより確信に満ちたものになりました。私たちがWEAとして発言していること、そして発言することが、イエス様が私たちに望んでおられることであることがより明確になりました。それは行き過ぎて、政治と混合することを意味しません。
英CT:WEAよりも各国の福音同盟の方が強いように見えることがあります。これはポジティブなことですか、それともネガティブなことですか。
シルマッハー:各国の福音同盟はWEAのメンバーであり、WEAを形成しています。WEAが良い仕事をしているかどうかは、それぞれの国の福音同盟がより強くなったかどうかで測られます。ですから私が見るに、(WEAには)大きな組織にあるような緊張関係、つまり、個人間のものや組織にまつわるもの、財務に関するもので緊張が生じることはありますが、それ以外にはありません。
しかし、WEAが強力であることは各国の福音同盟の利益のためにもなります。強力とは、内紛にむしばまれずに一致しているという意味で言っています。逆に言えば、WEAは各国の福音同盟を通さなければ何もできないということです。私たちはビリー・グラハム伝道協会ではありませんので、私たちにとって伝道は草の根の活動を通して、会員組織を通して行われるものであり、私たちは会員組織に強くあってほしいと思っています。
時として、WEAレベルでは、各国の福音同盟が必要としていないような取り組みを始めたこともあります。そのような場合には、各国の福音同盟と話し合うことが重要です。WEAが世界の福音派の益になると各国を説得するか、あるいは各国がそれは世界の福音派の益にならないとWEAを説得してプロジェクトをやめるかのどちらかになります。なぜなら、WEAは自分たちの中に存在する権利を持っていないからです。WEAが6億人の福音主義者を代表していると人々に言うとき、これらの人々はWEAに加盟する各国の福音同盟に連なる人々なのですから。
英CT:15年から20年ほど、WEAの財政はかなり厳しい状況でした。現在、WEAの財務状況はより強固なものになっているのでしょうか。
シルマッハー:今はかなり良い状況になってきたと思いますが、まだ非常に厳しい状況にあります。この理由は非常に単純です。理論的には、WEAは各国の福音同盟から資金を得ていますが、非常に貧しい国に多数の福音同盟があります。そして、その数は増加しています。過去10年間に新たに加わった福音同盟のほとんどは、貧しい国やクリスチャンが迫害されている国にあります。ブルネイやラオスのような国では募金活動はできません。ただ福音同盟の存在がその国で許可されていることだけでも良かったと思うほどです。
そのため実際には、より多くのリソースを持つ大規模な福音派の団体に頼っています。私たちのプロジェクトに関しては非常に良い状態にありますが、WEAの運営面ではまだ非常に困難です。これはもちろん、多かれ少なかれどのキリスト教組織にもいえることです。事務局のためだけに献金したいと思う人や、広報担当者のためだけに献金したいと思う人はあまりいません。誰もが良い報道サービスを求めていますが、そのためにお金を払いたい人はいません。しかし実際には、強力な行政組織がなければWEAは存在できません。
英CT:総主事の任期は5年間ですが、何を優先事項として考えていますか。
シルマッハー:最優先事項は、内部の関係を円滑にすることです。これは各国の福音同盟の問題というよりも、各地域の福音同盟(アジア福音同盟や欧州福音同盟など)との関係です。なぜなら各地域の福音同盟はWEAの法的な構造に属していないからです。これは法的にもWEAに属している各国の福音同盟とは異なります。
各地域の福音同盟は歴史的にはもっと後から入ってきたもので、法的には独立しています。WEAは各地域の福音同盟に何も言うことができないし、逆に各地域の福音同盟はWEAが何をするかについて何も言うことができないので、法的なレベルで問題を解決するのは難しい状態です。いわば「一緒に器を持つ」ことによって各地域の福音同盟を確かなものにし、今やっているよりも良い方法を見つけることが私の優先課題です。
第二に、国連のような場所で、女性、環境、人権、神学などの分野で活動しているWEAのさまざまな分野間の結束力の構築に取り組みたいと考えています。私たちの活動にはもっと一貫性を持たせたいと思っていますし、WEAの内外の人々には、例えばクリエイション・ケア(キリスト教的地球環境保護)への取り組みと伝道は本当に両立するものなのだということを理解してもらいたいと思っています。ある人は伝道するけれど、他の人はしないということではありません。伝道する人々には、国連のすべての文脈において、私たちは常に人々と出会い、イエスのことを話していることを理解してほしいと思います。私たちは、これらの問題に取り組む専門家を必要としていますが、彼らには、私たちの動機と私たちの関与のためのキリスト教的基盤について語ってもらいたいと思います。私たちの活動と、このようなさまざまな分野での取り組みのすべてが、同じ動機に基づいていることを、各国の福音同盟のすべての人に知ってもらいたいと思います。
英CT:今、私たちはパンデミックの真っただ中にいますが、それはWEAや将来の計画にどのような影響を与えましたか。
シルマッハー:一番の影響は、善を行うことと伝道を行うこととの間の区分けです。幾つかの国の福音同盟にはかつて、困っている人を助けるのか、伝道をするのかという問いがありました。以前は伝道だけをして、他のことには手を出さないと主張していた福音同盟もありました。しかし彼らは突然、WEAに来て、人々が路上で死んでいる、資金が必要だ、助けてくれないかと言いました。彼らは伝道だけでは十分ではないことに気付きました。私たちは単に「イエス様に頼ればもう空腹になることはありません」と言うことはできないのです。「誰かが飢えているときに、私はあなたを愛していますと言っても、何か食べるものを与えないのであれば、あなたは神を愛していないことになる」。これがイエス様の話されたことの現実です。
またパンデミックは、各国の福音同盟の間に連帯を築いてきました。彼らはすべて独立した法人であり、以前は十分な連帯がなかったと思います。お金の多い福音同盟は、組織を良くすることやメディアなどにほとんどのお金を使っていました。片や他の福音同盟では、一人の常勤スタッフや事務所一つを持つための資金さえなかったのです。それが、いきなりみんな同じ境遇になって本当に変わりました。今では豊かな国の福音同盟から、より貧しい国の福音同盟へと資金やその他の援助が絶え間なく流れているのを目の当たりにしています。以前よりもはるかに大きな連帯感があります。
私たちすべてが、バーチャルに会うことを余儀なくされているという事実もまた、異なる国の福音同盟がはるかに近い関係になる効果をもたらしました。パンデミックの前は、近隣諸国の福音同盟とだけ連絡する傾向にありました。今では、例えばオーストラリアと南アフリカの福音同盟の間の距離はそれほど大きくなく、地理的な違いははるかに小さくなっています。また諸教会が、世界の他地域の教会について、大きな出来事があったときだけでなく、日々の状況も知るようになっています。
私は危機が過ぎ去っても、この連帯と親密さが続くことを願っています。特に迫害を受けている国のクリスチャンにとって、インターネットや現代のテクノロジーを通して得られる親密さは、忘れられていると感じている彼らに大きな影響をもたらします。
英CT:WEAの信教の自由に関わる活動にも従事されていますが、世界の迫害は良くなるどころか悪くなっているように思えます。そうでしょうか。
シルマッハー:全体的に見ると、悪化しています。それについては疑問の余地はありません。特に福音派にとっては悪化しています。他の人々が迫害されることは重要ではないと言っているわけではありません。なぜなら、信教の自由は万人のためのものであり、国家は人々の信仰に関わらないようにすべきだからです。
しかし、福音派が迫害の真っただ中にいることは明確に見て取れます。福音派の成長と改宗率が最も高いのは、信教の自由がない国です。イランには、新たに改宗した人が100万人から200万人います。
その理由は、迫害の下では教会の成長が速いからではありません。例えば、東ドイツでは、共産主義の下で迫害がありましたが、誰もクリスチャンになりませんでした。30年たった今も、これらの国々は非常に強く無神論的です。これは、迫害が反対の影響を与えた地として挙げられるでしょう。
ナイジェリアは、福音派とそれ以外のクリスチャンが最も多く殺されている国です。クリスチャンになる人が増えれば増えるほど、過激派は激怒するようです。現在、迫害により殺される世界のクリスチャンのうち、ナイジェリアが70~80パーセントを占めています。しかし、ナイジェリアでは福音派の教会が急増し、現在では国の半分がクリスチャン、半分がイスラム教徒となっています。これは政治的緊張が高まり、激しい迫害が行われている状況の中で起こっており、20年前とは状況が異なっています。
この中にポジティブな部分を見つけようとすると、クリスチャンが信仰のために殺されるのは嫌だと思うのと同じくらい、殺される人よりもクリスチャンになる人の方が多いということに感謝することができます。興味深いことに、クリスチャンになることが簡単な国では、教会の成長はほとんど見られません。
あまりにも長い間、民主主義国家のクリスチャンは、福音派も含め、多くのクリスチャンが苦しんでいる迫害の現実に気付いていなかったのではないかと思います。私が子どものころは、迫害は共産主義者の下でだけ起こるものと思われていましたし、多くのイスラム教国でも同じような状況であることに気付く人はほとんどいませんでした。そして、共産主義が死に絶えたとき、さらに多くの人々がイスラム教国にいるクリスチャンの状況を知るようになりました。しかし、仏教国やインドのようなヒンズー教国でもまったく同じことが起きていることを知りませんでした。それらの国の福音同盟は何度も、誰も聞いてくれなくても、このクリスチャンに向けられた極度の憎悪に声を上げてきたのです。
迫害の下で生きているのは一部だけではなく、福音派やペンテコステ派の大多数の信者がこのような生活をしていること、つまりWEAの会員の半数以上が信教の自由のない国に住んでいることに、人々は長い間気が付いていませんでした。これは、私たちWEAが意識を高め、変革に取り組む必要のある現実です。