カトリックの小説家として知られる遠藤周作(1923~96)の未発表作「影に対して」がこのほど、他の短編6作と併せ、一冊の本として出版された。
「影に対して」は今年2月、遠藤自筆による草稿2枚(一部)と秘書による清書原稿104枚(全文)が、長崎市遠藤周作文学館に寄託された資料の中から発見された。自家用の原稿用紙に印刷された自宅住所から、1963年以降に執筆されたと考えられている。同館の開館20周年記念企画展「遠藤周作 珠玉のエッセイ展―〈生活〉と〈人生〉の違い」(7月1日~来年6月30日)で初公開され、文芸誌「三田文学」夏季号に全文が掲載されていた。
出版された『影に対して 母をめぐる物語』は、出版元の新潮社編集部が同館から提供された「影に対して」の写真版原稿をテキスト化。見返しには、遠藤の自筆草稿をあしらっている。また「母なるもの」など、66~79年に発表された母をめぐる遠藤の短編6作も併録。同編集部は、遠藤が「長い時間をかけて、少しずつ変化や深まりを見せながら、母について書き継いだ作品群を味読していただければ幸いです」としている。
物語の主人公は、小説家を目指しながらも作品が評価されず、妻子を養うため外国小説の翻訳で生計を立てる勝呂(すぐろ)。幼少期を満州・大連で過ごすが、平凡な生き方を望む父と、バイオリニストとしての道を追求する母が離婚。勝呂は父と暮らすことになり、母とは手紙でやりとりすることになるが、母はやがて病気により誰に看取られることもなく一人寂しく亡くなる。母を裏切ったという罪責感と父に対する軽蔑の思いを抱きつつ、2人の血を引いた自身と向き合う主人公の姿を、過去と現在とを行き来しながら描いていく。
遠藤自身は1923年、東京・巣鴨で生まれるが、翌年には父の転勤により大連へ移住。33年に両親が離婚し、母は遠藤と2歳上の兄を連れて帰国し、兵庫県西宮市に居を構える。35年に母がカトリックに入信し、次いで遠藤ら子どもらも受洗。しかし遠藤は42年、経済的事情を理由に上京し、既に帰国し再婚していた父と同居するようになる。戦後、母も上京するが53年に急逝。遠藤はそれから40年以上後の96年に没する。物語は遠藤自身の体験に根ざした自伝的作品となっている。
収録作品は、▽影に対して(未発表)、▽雑種の犬(66年)、▽六日間の旅行(68年)、▽影法師(同)、▽母なるもの(69年)、▽初恋(79年)、▽還りなん(同)。四六判、256ページ、税込1760円。
■ 遠藤周作著『影に対して 母をめぐる物語』(新潮社、2020年10月)