出所者の社会復帰を助けるNPO法人「マザーハウス」(五十嵐弘志代表、東京都墨田区)で、2018年7月からスタッフとして働く幸田賢吾さん(50)。薬物事犯を繰り返し、6回目の出所でマザーハウスにつながった。「今はここが自分の居場所」と語る幸田さんに、薬物依存からの回復への道を聞いた。
「(刑務所を)最後に出たときに決めていたのは、聖書を読み続けることでした」。マザーハウスが出所者の社会復帰のために行っている便利屋サービス「ラウレンシオ」の業務を担当し、忙しい毎日を送る幸田さん。それでも、夜寝る前には必ず聖書を読む時間を持っている。「過去の自分には戻りたくない。今は自分の中にキリストがいて、悪いことができないんです」と真剣な眼差しで語る。
物心ついたとき、すでに両親は離婚していた。「寝るときには一緒にいてくれた母親が、夜自分が目を覚ますといないんです。それがどんなに不安だったか」。まだ3、4歳の頃、夜の仕事に出掛けた母親を探して泣きながら家を出て、警察に補導されたこともあったという。
「自分のこれまでの人生は、孤独が原点でした」。学校でも、周りに集まってくるのは孤独や不安を抱えた同じような境遇の子どもたちだった。小学生のうちから仲間と非行に走るようになり、18歳でヤクザの世界に。初めての刑務所は20歳の時だった。
幸田さんが聖書に触れたきっかけは、4回目の刑務所でのこと。差し入れにあった本のタイトルに目を引かれた。『悪タレ極道 いのちやりなおし』。元ヤクザの伝道団体「ミッション・バラバ」設立メンバーの中島哲夫牧師が、自身の救われた体験談をつづった本だった。
「読んでみると、自分の思っていたイメージと違って、すごく心に響きました。聖書の言葉も出てきて、何なのか分からなかったけど気になって。それからすぐに聖書を読み始めて、気付いたら色が変わるぐらい何回も繰り返し読んでいました」
それでも、出所すると1カ月もたたないうちに聖書を読まなくなり、元の生活に戻ってしまった。5回目の出所後も同じ繰り返しだった。そんな中、6回目の刑務所で、ある受刑者がマザーハウスの働きを紹介してくれた。「今回捕まる前に、本当にいやなことがあって、過去を断とうと思っていました。でも、更生保護施設に身元引受人をお願いしても、7回申請して7回とも断られました」
マザーハウスに身元引受人をお願いしたのは、出所のわずか半年前だったという。「刑務所を出るとき、行こうと思えば行ける所はありました。でもそこに行ったら、また元の生活に戻ってしまう。ここでの生活は忙しいけれど充実していますし、余計なことを考えなくて済んでいます」
昨年のイースターには、教会で洗礼を受けた。「もう孤独じゃないんだって、自分の意識が変わりました。今は仲間や周りの人たちに守られて、助けられている。マザーハウスに来てよかったと本気で思えました」
昨年11月にローマ教皇フランシスコを迎えて東京ドームで行われたミサには、教会のボランティアスタッフとして参加した。「2階席で杖をつきながら歩いている人に気付いて、階段から落ちないように付き添っていたら『ありがとう』って。その言葉を聞いたとき、自分はヤクザをやって人を泣かせる側だったけれど、ここが自分の居場所なんだなって。すごく心地が良くて、自分がやるべきことはこういうことなんだとあらためて気付かされました」
幸田さんは、「自分の居場所があることがとても重要」と語る。「小さい時から普通の人より孤独を感じる環境にいたからこそ、そう思います。だから、こうやって与えられた場所があるというのは、当たり前じゃない。悲しいけれど、他に居場所がなくて刑務所が居場所になっている人もいます。でも、自分にとっての居場所はここ。マザーハウスは、そういうところです」
幸田さんが業務を担当している便利屋サービス「ラウレンシオ」では、元受刑者の就労支援の一環として、不用品の処分や引っ越し、ハウスクリーニングなどを請け負っている。マザーハウスでは他にも、元受刑者の社会復帰のために居場所作りや心のケアを含むさまざまな支援活動を行っている。詳しくはマザーハウスのホームページを。