By Dr. K. Kinoshita(木下和好)
YouCanSpeak 開発者・同時通訳者
元NHK TV・ラジオ 英語教授
<ビラを見てびっくり仰天!>
私は小さい時から外国に行くことと、そのために英語が自由に話せるようになることを夢見ていたが、家が貧しく月謝を払って会話クラスに通うことは不可能だった。そうしているうちに、ついに中学に入学する日が来てしまった。
入学式は土曜日の午前中に行われたが、式が終わり家に帰ろうとしたとき、校門の外で誰かがビラを配っていた。受け取った学生たちのほとんどは、ちらっと見てすぐに道に捨てていた。マナーができていないなあと思っていた私にもビラが配られた。私はその内容を見てびっくりした。何と「アメリカ人宣教師が英語を教えます」と書かれていた。こんなことが本当にあるのだろうかと思った。でも2行目に書いてあったことがもっと衝撃的だった。「無料」と書かれていたのだ。
私のためのビラだと確信し、参加することを即決した。そして、日時と場所を確認したら、なんと最初のクラスが入学式と同じ日だった。場所は聞いたことのない教会だったが、地図を見ると学校と自宅の中間だったので、帰り道にそこに立ち寄り、場所を確認しながら帰宅した。でも待ちきれなくて、クラスが始まる1時間前に教会のドアをたたいた。
私以外に20人ほどの中学生が集まったと思う。やがて若い宣教師夫婦が現れた。本場の生の英語が聞けることの期待感で胸の高鳴りを覚えた。生まれて初めて、アメリカ人が英語を教えるために私の顔を見ながら直接英語で語り掛けてくれたのだ。私は1語も聞き洩らさないように、宣教師の英語に耳を傾けた。
<宣教師の英語が最初からある程度分かった>
小6の後半から毎日英会話のレコードを数時間聞いていたせいか、初めて聞く宣教師の英語をほとんど聞き取ることができ、また意味もほとんど分かった。また、簡単な英語で質疑応答もできた。宣教師は私(厳密には私たち学生)に向かって直接的に英語を語り掛けてくれたので、親近感を覚え非常に楽しかった。
でも、ご夫妻間の個人的会話の英語は聞き取りにくかった。学生に向かって話す英語とはスピードも発音も違うような感じがした。
<大人英会話クラスにも参加>
中学生対象の英語クラスは土曜日の夕方に行われていたが、通い始めてそれほどたたないうちに、日曜日の夕方には大人向けの英語クラスがあることが分かった。それも無料だった。私は直ちにそのクラスにも参加することを決断した。でも、宣教師の許可を求めることなど思いつかなかった。
日曜日のクラスにも顔を出したとき、宣教師は何も言わず私を温かく迎えてくれた。高校生を含め30人ほどの大人がいたが、誰も私の存在を気にしていなかったので気が楽になり、一番熱心な学生になった。
大人クラスに参加するまでは、レッスンの内容がかなり高度でついていけないのではないかと内心不安があったが、行ってみるとかなり易しい会話クラスだったことが分かった。大人たちは中1の私でも分かるような英語を教えられてフラストレーションを覚えるのではないかと心配したのだが、ほとんどの人たちは宣教師の英語があまり分からないようで、質問に答えるのにも四苦八苦していた。最初はそんな様子を見てショックを受けたが、英語の実力は年齢に関係ないことが分かった。
<英語の発音を意識するようになった>
レコードで英語を学んでいたときは、耳に聞こえてくる発音を真似しようと思ったが、口や舌がどのように動いているのかを確認することができなかった。でも、目の前で宣教師が英語の音声を発するとき、口の動きがかなりよく見えた。でも、口の中にある舌の動きまでは見ることができなかった。
しかし、大人向けの会話の時は、テキストに発音の図が掲載されていて、宣教師は実際に口の中が見えるように発音してくれたので、LとRの発音の仕方が分かった。私はLとRの発音を2週間ほど毎日何十分も練習したので、最初は舌の神経が麻痺するのではないかと思ったが、やがて自然に無意識的にLとRを正確に発音できるようになった。このように、私は特に発音に格別の興味があったので、聴覚だけでなく視覚を使って発音に集中した。これは、後に私の英語人生に大きな役割を果たすこととなった。
<宣教師夫婦は私の前で英語での内緒話をしなくなった>
小6の2学期から英会話レコードを聴き始め、約1年間聞き続けたが、アメリカ人宣教師に出会ったのはその半ば頃であった。宣教師夫婦は時々学生たちの目の前で、小声で夫婦だけの会話をしたが、最初の頃は何だか聞き取りにくく、話の内容もよく分からなかった。後で気付いたことだが、英語を母国語とする人たちは、英語を話すスピードが上がれば上がるほど省エネ発音が進み、ゆっくり話すときに比べてかなり発音が変化するという特徴がある。
アメリカ人は英語の分からない日本人に対してはゆっくり丁寧に話すが、夫婦同士ではゆっくり話す必要がないのでスピードが上がり、無意識的に省エネ発音が進む。英会話のレコードに録音されていた英語も、日本人が英会話を学習するのが目的なので、話すスピードはゆっくり目で、省エネ発音もさほど多く含まれていなかった。レコードの英語の発音に慣れてきた私にとって、省エネ発音は未知の世界だったので、宣教師夫婦間の会話が聞き取りにくかったと思う。
でも、ネイティブにとって普通のスピード(日本人には速く聞こえる)の省エネ発音を含む発音に慣れてきた私は、やがて夫婦間の英語が聞き取れるようになり、また意味も理解できるようになった。それに気付いた宣教師夫婦は、私の前でヒソヒソ話をしなくなった。
<中2になったら日常会話に困らなくなった>
英会話のレコードを丸1年、全文を丸暗記し、真似して言えるようになるほど聞き、またアメリカ人宣教師が教える中学生英会話クラスと大人英会話クラスに1年参加したら、自分の口からなんとなく英語が出てくるようになったことに気付いた。何月何日に急にそうなったというのではなく、中2になる頃にいわゆる日常会話にあまり困らなくなっていたのだ。小さい時から夢見ていた「英語が自由に話せる自分」に近い姿がそこにあった。語彙(ごい)力や表現力は十分ではなかったが、聞いた英語は全部分かるし、言いたいことは何とか英語で言うことができるようになっていた。
それまでに英語学習のために費やしたお金は、英語のレコード盤購入代金の2千~3千円だけだった。極貧の家庭に育った自分でも、夢をある程度かなえることができることを実感した。
<アメリカの生活の様子を聞くのが楽しみになった>
私はアメリカ人宣教師夫妻との出会いがきっかけでクリスチャンになり、ますます彼らと親しくなっていった。時々自宅にも招かれるようになった。生の英語を聞くのは当たり前になった私は、次に憧れのアメリカの生活に興味を抱くようになった。ある時宣教師はアメリカの地図を開き、自分がオハイオ州で生まれ育ったこととか、卒業した大学はイリノイ州の Wheaton College だったとか、いろいろ教えてくれた。アメリカの地図を見ていると、アメリカが身近な国に思え、行ってみたいという憧れが強くなっていった。
また、宣教師の家に入ると何か独特の匂いがした。日本の家には無い匂いだった。やがてそれがクッキーの臭いだったことが分かった。奥様が日常的に台所でクッキーを焼いており、その匂いが家中に染み込んでいたようだ。私はその匂いが好きになり、また奥様の手作りのクッキーも大好きになった。
アメリカではいろいろなことが逆であることも知った。車は道路の右側を走ることは知っていたが、大工道具の使い方も逆なのを知って驚いた。私は子どもの頃から大工仕事が好きで、いろいろな道具を使ったことがあるので、のこぎりは手前に引くときに切れるようになっていたことも体験的に知っていた。でも、宣教師の家には細長い三角形ののこぎりがあり、何と押すときに切れることが分かった。それだけでなく、そののこぎりがバイオリンと同じように弓で音楽を奏でることができることも知った。何で日本とアメリカではいろいろなことがこんなにも違うのだろうと思うと同時に、アメリカへの憧れがますます膨らんでいった。
<英語のテストは100点を取り続けることを決意した>
ほとんどの日本人は、中学・高校の英語の学びを終えた後に英会話の学びをするが、私の場合はとにかく英語が話せるようになりたかったので、英語を聞き、また話す学びから始めた。でも、英語を話せてもテストでは実力が発揮できないという状況だけは避けたかった。帰国子女で英語は母国語なのに、学校のテストではあまり良い結果を出せない子どもたちが意外と多い。それは、日本での英語教育は学問としての英語だからだ。
学問というのは分析的英語、あるいは文法用語を用いた英文の構造とその意味を理解するための学びなので、それなりの勉強をしないと良い点が取れない。英語を母国語のように話しても、英文の分析ができるとは限らない。もちろん英語が問題なく話せれば、そんなことは大した問題ではないが、日本では英語実力者に「英語の成績が悪い」という評価が下されてしまう。私はそうなりたくなかった。
それでどんな英語のテストでも満点を取る決意をした。でも力む必要はないことも分かった。英語が楽に話せると、英語の分析的理解もそんなに難しくないばかりか、英語が話せない人よりはるかに易しいことが明白になった。
それで中1の最初から、英語のテストは100点以外取らないという決断をした。後に英語以外の言語も学んだが、語学テストは何であれ、満点を取ることにした。その決意を、米国大学院を卒業するまで続けた。その結果、相当な英語分析力がなければ決して完成することができないであろう英語スピーキング教材の YouCanSpeak を完成することができた。
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