日本ルーテル教団が運営する教職・信徒養成のための寮「ルターハウス」(東京都府中市)が改築され、新寮舎の献堂式が15日に行われた。旧寮舎は築50年以上がたち、老朽化していたことから、宗教改革500年の記念事業として改築が進められてきた。式には教団関係者のほか、日本福音ルーテル教会の立山忠浩総会議長や日本ルーテル神学校の石居基夫校長ら、ルーテル派の他教団の関係者も参列した。
ルターハウスは1965年、上京して学ぶ宣教師の子弟たちの寄宿舎として建てられた。85年からは、神学生や一般大学に通う信徒受け入れ用の寮として運営がスタート。教団の教職・信徒養成の場として重要な役割を果たしてきた。改築は長い間の懸案事項だったが、宗教改革500年の年であった昨年2月に新築工事が着工し、同12月に竣工式が行われていた。
献堂式では、聖書から2カ所の御言葉が朗読された。1つは、マタイによる福音書9章35節〜10章1節。司式者が朗読した後、会衆が新しいルターハウスを与えてくださった神に感謝し、次代を担う若い教職や信徒リーダーのための場として豊かに用いられるよう、祈りをささげた。そして賛美に続き、コリントの信徒への手紙二4章6節〜9節が読まれ、竹の塚ルーテル教会の江本真理(しんり)牧師が「神の憐(あわ)れみの器として」と題してメッセージを語った。
江本氏は、ルターハウスに関連する資料をひもときながらその歴史を振り返った。教団の自立に伴い、宣教師たちが引き揚げた後、ルターハウスは教職養成と神学教育という課題を具体的に実践していくための、信仰共同体の場として用いられてきた。
牧師家庭に生まれた江本氏自身も、故郷の新潟から上京し、東京の大学に進学したときには、4年間ルターハウスで過ごした。入居直後は1年で出ようと思ったこともあったというが、神学生の先輩たちとの交わりを通して、信仰が深められた。大学卒業後には神学校に入学し、さらに4年間ルターハウスで生活した。
共同生活を通じて、神学生は召命を確かなものとし、霊性を深め、画一化された教会の奉仕者としてではなく、多様な分野で宣教を担っていく成熟した人格を形成していく。一般大学に通う学生は、そこで将来の信徒リーダーに必要な経験を培う。ルターハウスは、利用者にとっては信仰者としてのアイデンティティーを培う場であり、教団にとっては、人材育成のためになくてはならない場であることを訴えた。
20世紀を代表するルター派のドイツ人神学者、ディートリヒ・ボンヘッファー(1906〜45)は、若い牧師たちの共同生活と研修の場を設立するよう提案した際、次のように述べたという。
「ことに若い牧師は互いに孤独であり、離れ離れになっていることに悩んでいます。宣教の重荷は、今日、預言者ではなく、教会の奉仕者である個々の牧師にとって、特別に重いのです。何を宣(の)べ伝えるべきかという宣教の内容の点でも、また、宣教を実際に遂行する上で、この奉仕に対する勤めへの責任が真剣に考えられたところでは、牧師の兄弟としての助けと交わりとが必要とされています」
江本氏は、ルターハウスが神学生や一般信徒ばかりでなく、牧師の研修、継続教育の場としても備えられていると強調し、最後に次のように祈って説教を締めくくった。
「今ここに新しいルターハウスが完成し、主が息吹を吹き込まれて、ここから主の御心を現す器として歩み出していくことを心から感謝します。ルターの宗教改革500年という記念の時に、欠け多い器である私たちを用いて、主が大きな御業を成してくださり、日本ルーテル教団につながる一人一人が主の御心に従って、これからまさに来らんとする将来へと歩み始めました。どうぞ、今与えられているこの時が、誠実に主に感謝しつつ、主に用いられる豊かな器として、歩んでいく時となりますように。あなたが与えてくださった大きな器を、御心にかなった方法で運営できるよう、なお一層、私たち一人一人に知恵と力をお与えください」
式後には、教団議長の清水臣(しん)牧師(戸塚ルーテル教会)があいさつに立った。改築のために、建設業者をはじめ多くの人が尽力したことを述べ、さまざまな人たちの思いが込められた建物であることを忘れないでほしいと語った。また、一般の集合住宅と隣接していることに触れ、「常に社会に目を向けざるを得ない位置付けになっています。近隣の人たちと共に託された働きを果たしていきたいと思っています」と、ルターハウスの社会に向けた役割にも目を向けた。