元タレントの田代まさしさんによる講演会「依存症問題、孤立から共生へ――おかえりマーシー」が9日、日本福音ルーテル東京教会(東京都新宿区)で行われた。主催は認定NPO法人まちぽっとで、NPOと教会のコラボレーションにより、社会的なテーマを楽しく考えるシリーズの1つ。
第1部は、「牧師ROCKS」でも活躍する同教会主任牧師の関野和寛さんによるミニライブとメッセージ。オリジナル曲「聖者の叫び」など3曲が披露され、軽快なトークと情熱的な歌で訪れた人の心をつかんだ。
第2部は、田代さんによる講演。田代さんには、2001年、04年、10年と、覚せい剤所持および使用による逮捕歴がある。14年に仮釈放され、現在、薬物依存からの回復と社会復帰を支援するリハビリ施設「日本ダルク」で治療を続けながら、同じ苦しみを抱える人々をサポートするため、全国各地で講演を行っている。また15年には、自身の体験をつづった『マーシーの薬物リハビリ日記』(泰文堂)も発売された。
「皆さんにはこんな経験はないでしょうか。急いでいるとき、赤信号を前にして、誰も見ていないし、車も来ていない。今日だけならいいだろうと渡ってしまう。僕が薬物中毒に陥ったきっかけは、まさにこれに近い感覚でした。芸能界の荒波の中で疲れ果てて、溺(おぼ)れそうになっていた時に覚せい剤と出会い、1回だけならいいだろうと思ってしまった。
かつて吸っていたシンナーだってやめられたんだから、いつでもやめられると思っていたんです。甘かったですね。僕もそうでしたが、覚せい剤は再犯率が非常に高いんです。本当に苦しくて、何度も何度もやめようと思いました。家族も仕事も信頼も、大切なものは何もかも失いました。それでも、やめられなかった。
なぜこんなにも再犯率が高いと思いますか。その理由の1つには、孤独や寂しさがあると思います。一度犯罪者になってしまうと、刑期を終えて出所しても、帰る場所がない。社会で孤立してしまうんです。
実際は、出所後の支援や治療の方が必要なんですが、日本ではその仕組みが整っていない。ダルクは、そんな人たちのためにある場所です。同じ悩みを持つ仲間たちと助け合いながら問題解決に取り組んでいます。
依存症は病気です。よく『更正』という表現が使われるけれど、『回復』と言ってほしい。完治は難しい病気ですが、適切なサポートを受けることで、回復は可能です。
今でも時々、覚せい剤をやりたくなることがあります。明日のことは分かりません。大切なのは、1人で戦うのではなく、『またやりたくなっちゃった』と言える相手がいること。ありのままの自分を受け入れてくれる場所があること。『今日1日やらずにいられた』という経験を積み重ねていくしかないんです」
第3部では、関野さんと田代さん、「ビッグイシュー日本」東京事務所の佐野未来さんによる鼎談(ていだん)が行われた。
「ビッグイシュー」は、ホームレスの販売者によって売られる雑誌。路上生活者と販売契約を結び、1冊350円の雑誌を売ることで、180円が彼らの収入となる仕組みだ。
佐野:路上生活者の中には、ギャンブルなどの依存症で苦しむ人が多い。それは、町のあちこちにパチンコ店があるなど、誘惑が多いこともあります。田代さんと同じように『ちょっとくらいだったら』から始まって、『今度こそやめる』と決心したのに、また手を出してしまう。依存症は決して人ごとではありません。私自身、いつ同じような状況に陥るか分からない。だからこそ、何度失敗してもやり直せる社会に変えていきたいんです。
関野:田代さんは、かつてこの教会にあった幼稚園の卒園生。講演のタイトル「おかえりなさい」には、「この教会におかえりなさい」という意味も込められています。ただ、教会は「誰でもウエルカム」と言いながら、実態はそうでもない。本来は誰でも帰ってこられる場所であるべきで、そうした仕組みに変えていきたいと思っています。
僕はある時から、社会から脱落したとされる人を、社会に戻そうと思うことをやめました。僕自身が人に対して何かをしてあげることはできない。牧師にできることは、最大限に相手の気持ちに寄り添うことしかないんだなと思っています。
田代:よく、強い意志があれば依存症から抜け出せると言うけれど、実際は、目に見えない意志よりも、一緒に戦ってくれる仲間が必要。当たり前ですが、刑務所にいる間は薬物を断っていられるんです。手に入りませんから。だから、本当は出所してからの方が問題なのに、そこに着目していないのが今の社会の問題ですよね。
僕がダルクを信頼しているのは、薬物依存症の当事者が集っているところ。代表の近藤恒夫をはじめ、スタッフも全員、薬物中毒を経験しています。だから「治してあげよう」という視点ではなく、ありのままを受け入れて一緒に歩いてくれる。すごく安心感がありますね。
佐野:私たちも、「社会復帰を目指して、自立を応援する」とは言っているけれど、「社会に戻す」ってどういうことだろうとよく考えます。路上生活者の中には、子どもの頃から困窮生活にある、障がいがあるなど、さまざまな事情を抱えている方が本当に多いんです。どうしたら多様な人を受け入れられる社会が実現するんだろうと日々考え、答えを探しています。
田代:僕は、自分の人生を「ありがとう」に気付く旅だったんだなと思っています。「ありがとう」を漢字で書くと「有り難う」。ちなみに、反対の言葉は「当たり前」なんです。僕の人生は、難があったから、当たり前ではない大切なことに気付くことができました。
僕の場合、芸能界に戻りたいという思いや、それがかなわない悔しさ、プレッシャーが再犯へとつながってしまいました。今は芸能界に戻りたいとは思わないし、「もう一花咲かせよう」ではなく、むしろ「きれいな花を咲かせる土になりたい」という考え方に変わりました。
すべての人に僕の話を分かってもらおうとは思いません。1人でも2人でもいいから、何かを感じてくれた人が次の人にまた伝えて・・・というように、ダルクの活動や当事者の思いを伝えていけたら。
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この他にも日本ダルクのスタッフや「ビッグイシュー」の販売者から、依存症は常に身近にあること、依存症は「病気」であり、治療や回復に向けた支援体制を整えていく必要があることが訴えられた。
薬物だけでなく、ギャンブルやニコチン(タバコ)、アルコール、ゲーム、恋愛、ショッピング等々、現代にはさまざまな依存の対象がある。依存症になる原因としては、慢性的な孤独感や寂しさなど、ささいなきっかけも含めると、さまざまだ。
田代さんは最後に、冗談めかしてこう語った。
「よく言われるのが『昔はファンでした』。うれしいけれど、複雑な気持ちになります。過去ではなく、今の自分を応援してもらえたら、うれしいです」