「ハッピーがあふれる職場を作りたい」。そんな思いを胸に、22年間培ってきた経理・会計業務のノウハウと信仰を武器にして、今年4月に経営コンサルティング会社「バーニングスピリッツ」を起業した堺剛さん(日本バプテスト連盟調布南キリスト教会会員)。
堺さんとキリスト教との出会いはゴスペルだという。学生時代からブルースが好きだった堺さんは、その延長でゴスペルを知り、その魅力に取りつかれた。最初は一般のゴスペル教室に通っていたが、ゴスペル界のパイオニアであるラニー・ラッカー氏の歌を聴いて、一般のゴスペル教室にはないものを感じ、「これが本物だ」と心が震えた。その後、少しでもラッカー氏のゴスペルに近付きたいと思い、2000年、調布南キリスト教会で活動するゴスペルクワイア、東京ヴォイセズ・オブ・プレイズ(TVOP)に参加したことがきっかけで教会に足を踏み入れるように。
「教会でゴスペルを歌っても、クリスチャンには絶対になりたくなかった」という堺さん。その気持ちを変えたのは、9年後の2009年のこと。転職を考えていた堺さんは、「イエス様、この仕事を僕に与えてください。もし与えてくださるなら礼拝に出ます」と誓いを立てたのだ。
「そうしたら、見事、就職できたんですね。やはり神様との約束だから、破るわけにはいかない。仕方なく日曜ごとに礼拝に出るようになりました。最初は『行ってやる』という気持ちだったのですが、そのうち行かないと調子が悪くなって、礼拝が自分にとって必要だと分かった時に洗礼を受けました」
「恵みにより、信仰によって救われました」と始まる御言葉(エフェソ2:8~10)が堺さんをキリストの救いに導いた。特に、その中にある「神が前もって準備してくださった善い業のために、キリスト・イエスにおいて造られた」という御言葉を握りしめ、新しい会社に移ったのだが、そこで目にしたのは、パワハラがはびこり、働くことにまったく喜びが見いだせない社員たちの姿だった。
「神様が与えてくださった職場だと信じていたので、とてもショックでした。特に、あるクリスチャンの男性が上司から怒鳴られる姿をほぼ毎日見るのが本当につらかった。会社の雰囲気が嫌いで、イエス様の『互いに愛し合いなさい』(ヨハネ13:34、15:12、17)という戒めを苦々しく思っていました」
その一方で、常に考えていたのは次の聖書の言葉だ。
「わたしたちの一つの体は多くの部分から成り立っていても、すべての部分が同じ働きをしていないように、わたしたちも数は多いが、キリストに結ばれて一つの体を形づくっており、各自は互いに部分なのです」(ローマ12:4~5)
「ここで語られているキリストを頭とする教会と同様、会社も従業員という部分から成り立っています。なのに、その部分を腐らせるようなことを会社のトップがしている。一部が腐れば全体が腐っていくのですから、これは絶対に間違っていると。『一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶ』(Ⅰコリント12:26)という聖書の言葉がありますが、そういう会社こそが幸せなのだと心で叫んでいました」
その会社は独占技術を持っていたので経営は安定しており、また外資系だったため残業もなく、給料もかなりよかった。しかし、その社風にどうしても馴染(なじ)めず、その頃は会社での嫌な出来事を忘れたい一心で教会の奉仕に力を入れ、夢中でゴスペルの活動をしていたという。それでも、4年で心は砂漠化し、とうとう気持ちの限界が来た。そこで「神様、もう無理です」と祈ったら、思いがけず新たな職場が与えられたのだ。
「以前に登録していた転職サイトからの通知でした。風通しが良い雰囲気のリサイクル会社で、経営管理に携わることになりました。社長の奥さんがクリスチャンということも驚きでした。今までは従業員の目で会社を見てきましたが、この会社では経営側の目で会社を見ることになり、これまで気付かずにいた経営者の悩みなどにも遭遇し、多くのことを学びました」
堺さんは、父親もお菓子を用いた企画商社を起業していたため、心のどこかで常に「自分も起業したい」という気持ちを持ち続けていたという。
「リサイクル会社で経営に携わり、その気持ちがますます強くなりました。でも、一番の大きなきっかけは、電通の女性社員の過労自殺です。以前から過労死やうつ病などについて考えてはいましたが、この事件によって、『まわりがハッピーで、一人一人が生き生きと働ける会社にするにはどうしたらいいのか』と心の底から思うようになりました。そして、そのために自分ができることを考えた時、それは自分が22年間のキャリアを蓄積させてきた経理の仕事かなと。それで、経営コンサルティングの事業を立ち上げる決心をしたわけです。独立を快く承諾し、最初のクライアントになっていただいたリサイクル会社には本当に感謝しています」
大企業・組合連合会で12年、小規模の外資系企業・中小企業で10年、延べ22年間、経理や会計の仕事をしてきた堺さん。特に、2009年から13年を「雇われの時代」、13年から17年を「社長のパートナーの時代」と考え、どちらも現在の起業に必要な時期として神様が与えてくださったものだと話す。
「経営の基本は『ヒト・モノ・カネ』といわれますが、私は『ヒト』が最初に来ることに大きな意味があると思っています。『ヒト』を大事にしていく企業こそが21世紀に勝ち残っていくというのが、私のコンサルの基本です。どんなに給料がよくても、人間関係がよくなければ、『働きたい』という気持ちが起きない。そのことを『雇われの時代』に自ら体験しているからこそ言えるのだと自負しています」
起業の真の目的は、経理の技術を提供することではなく、社内の人間関係を悪くしている要因を探し出し、それを一つ一つつぶしていくこと。そして、人間らしく働くことができる環境を整え、自殺やうつ病といったことをなくすことだ。堺さんは経理を、働く人たちがその会社で幸せになるための手段と位置付けている。
「経営コンサルタントは、治療と予防を兼ね備えた会社の医者だと思っています。よい治療をして、働く人をハッピーにすることが私の役目です。以前は、会計基準がすべてだと思っていました。しかし、それだけでは律法学者と同じだと、リサイクル会社で学びました。ルールがあることによって守られることもある半面、ルールに縛られすぎると人間は心が砂漠化していくことを自ら経験しました。『愛はすべての罪を覆う』(箴言10:12)。ここに答えがあることを見失わないようにしたいですね」
独立したことで新たな出会いがたくさん与えられたと話す堺さん。
「サラリーマン時代には味わえないことを経験させていただき、本当に驚きの連続です。最近は日本経営士会(歴史のある経営コンサルタントの団体)にも入会でき、人脈も広がってきています。その一つ一つが神様の恵みだと感謝しています。所属教会の前田重雄牧師も起業家の顔を持ち、多くのことを学ばせてもらっています。その1つに『イエス様より先に行ってしまうな』ということがあります。いい仕事ができると感じた時こそ、イエス様にゆだねること。忍耐すること。これらのことを忘れずに、働く人が今より幸せに働くことができるよう、その役割を負っていきたいです」