みな罪を犯す。そして、それがさばかれるなら、生まれてこない方がよかったのでは?
「罪を犯したなら必ずさばかれて、必ず滅びる」というのであれば、そういう議論も成り立つかもしれません。しかし、その前提に問題があります。
人が罪を犯した場合でも、神は、人が救われる道を用意してくださったのです。それは、御子イエス・キリストが身代わりの刑罰である“十字架の死”を受けてくださったので、このイエスを信じる者は罪を赦(ゆる)され、神の子とされ、永遠の命に生きることができる、というものです。
それは格別に難しいことではありません。生まれてきた人はみな、イエスの十字架・復活を信じれば、神の子とされるのです。そして、永遠の命に生きるのです。それは大いなる恵みでありますが、もちろん、生まれてきたからこそ(曲折はあっても)あずかることができる恵みであります。強情になって神とキリストを否定したり、無視することはやめましょう。
ただし、イエスを裏切ったイスカリオテのユダのように、重大な罪を犯して赦されない場合がないことはないようです。「そういう人は生まれなかった方がよかったのです」とイエスに宣告されました。特殊な例でしょう。
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