聖心会のシスターとして60年以上もの間、人々の心に寄り添って歩んできた鈴木秀子さんの新著『自分の花を精いっぱい咲かせる生き方』(致知出版社)が先月25日発売された。同著は、雑誌「致知(ちち)」の連載を1冊にまとめたもの。
講演会や集会で出会った人などの実話を中心に25のエピソードが紹介されている。そして、一つ一つのストーリーの後には、キーとなる言葉が大きな文字で示されていて、読者の心に残りやすい作りになっている。
例えば、東日本大震災で子どもを失った母親との対話のエピソードでは、最後に、「泣いてもよいときには涙をいっぱい流す。心を偽らずに嘆き悲しむことは、前に進むための1つのプロセス」とあった。
このように、思いもよらぬ天災や事故によって愛する人を失った人や、うつ病やひきこもりなどの家族を抱えて思い悩む人などが、失意の中、どのように生きていけばよいか、シスターならではの温かな視点でのアドバイスが満載されている。
25のストーリーの中には、マザー・テレサに関するものが2つある。1つは、インドにある「死を待つ人の家」を訪れた神父が、現地でマザーに出会った時の話だ。
神父はボランティアとして同地に赴き、風呂に入れた病人をバスタオルで受け止める役目を担った。しかし当初は、やせ細った病人の体に触れることはおろか、怖(お)じ気づいて後ずさりしてしまった。その様子を見かねたマザーは、彼の代わりに病人を受け止め、優しくその病人に語り掛けたという。
「あなたは大切な人です。あなたは神様から許されて、愛し抜かれています」
死人同然の彼は、うっすらと目を開いてほほ笑んだ。
シスターは、このストーリーをこう締めくくっている。
「マザーが死にゆく男性に施したのは、何も特別なことではありません。一人の人間として敬い、神様から愛されていることを祝福した、それだけのことです。しかし、そのひと言は、苦しみと絶望の間をさまよっていた男性には、何よりの喜びであり、力となるものでした」
小さな良いことが、やがて良い人生につながる。周りの人々と小さな心の交流を重ね、人を敬って生きていくことに大きな喜びを感じる人生こそ「良い人生」なのだと、マザーの行いを例にシスターが教える。
また、マザー・テレサが1984年に来日し、シスターが教鞭(きょうべん)をとっている聖心女子大学を訪れた時のあいさつについても触れられている。
「日本では路上で生き倒れて死んでいく人、膿(うみ)にまみれてハエにたかられている人はいません。しかし日本を歩きながら、大変なショックを受けました。街はとてもきれいだし、とても賑(にぎ)わっているのに、その街を歩く人たちの顔に笑顔がないのです。皆さんの悲しそうな顔が心に焼き付けられました。(中略)寂しい思いをしている日本人たちには、ちょっとした言葉をかけてあげてください。温かい笑顔を見せてあげてください。それは私がインドで貧しい人々にしているのと同じことなのです」
こう話すマザーに、日本への思いの深さと愛に満ちた生き方、信仰を貫く姿勢をシスターは見て、改めて感動したと記している。
無表情でスマホに目を落とす人々が電車の中にあふれ、街では歩きながら携帯をいじることが社会問題にまで発展する日本。一方で、肉親による虐待や教育現場でのいじめは後を絶たず、解決の糸口も見えていない。混沌(こんとん)とする世の中で、「自分の花」を精いっぱい咲かせ、健やかで美しい人生を送るにはどうしたらいいのか。そのヒントがこの本の随所に書かれている。
今、何かに苦しみ、悩んでいる人、絶望し、生きていく光が見えない人、平凡な毎日の中で「このままで本当にいいのか」と思い悩む人々が、希望を見いだすことのできる言葉の数々。愛に満ちた一つ一つの言葉から、シスターの柔らかで優しい笑顔が見えてくるようだ。
鈴木秀子著『自分の花を精いっぱい咲かせる生き方』
2017年7月28日初版
小B6版・160ページ
致知出版社
定価1100円(税別)